「英国白人対その他民族」という構図

 弱い人たちを支援したいと政治の道を進んだコックス議員の情熱は、就任わずか13カ月で、突然絶たれた。

 コックス議員は現在、英国を揺るがしている「EU離脱を問う国民選挙」において、残留派の立場であった。6月10日付で固定されたツイートには「移民問題は確かに存在するが、EUを離脱する正しい理由ではない」と書かれている。

 民主主義の根幹を揺るがす殺人事件に驚愕しながらも、このところ筆者はEU離脱関連取材を通じ、選挙戦を取り巻く気持ちの悪い違和感に襲われてもおり、心の片隅で「起こるべくして起こってしまった事件」だとも感じている。白昼堂々、銃のみならず刃物まで使用して大の大人の男が女性を殺害するなど、どんな強烈な憎悪が渦巻いていたのか、知る術はない。しかし、EU離脱を問う今回のキャンペーンが、多分に英国白人対その他民族という構図を煽るような展開で来ている感は、否めない。

 殺害を受け、国民投票関連のキャンペーンは、離脱派、残留派が両陣営とも即日活動を一時停止し、コックス議員の死を悼むとした。筆者の元へは残留派のボランティアより、活動責任者らの言葉として「今は静かに内省するときだ。活動員としても、一個人としても、ソーシャルメディア上などで憶測に基づくコメントは差し控えるように。今は、政治ポイントを稼ぐときじゃない。議員の家族を思うべきだ」とし、活動停止の旨を知らせる一斉メールが届いた。

 BBCはコックス議員が死亡した16日夜、容疑者の動機の解明に至っていない段階で、看板報道番組「ニューズナイト」がいち早くこの事件に関連し、EU離脱を問う国民投票における、移民を悪とし社会に憎悪をあおる離脱派の分断的なキャンペーンの是非について討論を行った。また、大手新聞ガーディアンも同日夜、襲撃に直接加担したとは言えないまでも、最近社会に蔓延する憎悪に満ちたムードは、離脱派のキャンペーンの多くに「過激な言動、非難の応酬」さらに「公然とした差別主義」が含まれ、そうしたスタンスに起因するとのコラムを掲載している。

前ロンドン市長までも憎悪を煽るキャンペーン

 社会がなんとなくピリピリし、憎悪を糧とした事件の起こりかねない前兆は、年初以来、今回の国民投票がらみで行ってきた様々な取材の中、ロンドン各地や地方都市を訪れるごとに、特に最近感じていた。EU離脱派がメディアにおいて展開してきた、人々の憎悪を煽るアグレッシブさには、時に言葉を失うこともあった。この数カ月、離脱派は移民問題を選挙争点の核とし、現在、英国が直面する様々な課題の全てが、あたかもEUからの移民流入が原因だとするような情報を流し続ける戦略を展開してきた。

 キャンペーンの中には誤った情報も多数含まれている。例えば、残留すればいずれEUのトルコ加盟が起こり、膨大な量の移民が英国に流入するなどという情報だ。シンクタンク、オープンヨーロッパのアナリストによれば、現状、トルコのEU加盟には人権問題など様々なハードルがあり、直近では現実的ではない上、英国には加盟を阻止する拒否権があるというが、こうした背景は離脱派のキャンペーンに採用されていない。