もう一つの社会主義政策も経済に打撃を与えた。

 「21世紀の社会主義」を標榜したチャベスにとって、「貧困層への分配」という経済政策は主要案件であり、その実現のために生活必需品の価格を低く抑えてきた。だが、民間企業に統制価格に準じた販売を強いるため、生産のインセンティブは大きく低下している。2015年12月の選挙期間中にも卵の値下げを指示したが、とたんに卵が店頭から消えてしまった。国有化と統制価格によって、ベネズエラの労働意欲が低下し、生産基盤が弱体化しているのは間違いない。

「チャベスと社会主義」の亡霊

 それでも、原油価格が高止まりしている間は、食料品や日用品の輸入で需要を補うことができたが、原油価格の下落でその戦略は破綻した。さらに、チャベスは無料の医療制度や住宅の提供など、貧困層向けの手厚い分配政策を推し進めたが、こちらも原油価格の下落による歳入の減少で財政悪化に拍車をかけた。

2年前から路上で寝泊まりしている11歳のグスマン。デモ参加者にもらったヘルメットを被り、ポリバケツの盾を持つ。撮影したルイスの問いかけに対して、「ママは居ない。兄弟も居ない。僕一人で外で暮らしている。食べ物何かくれる?」と答えた(写真:Luis Gonzalo Perez)

 もちろん、チャベスが大統領なった背景をひもとけば、それ以前の政権による、長年の腐敗と格差の放置がある。その反動で生まれたチャベス政権が、所得再分配と格差解消に向かったのは当然でもあり、ベネズエラの変革にとって必要なプロセスでもあったはずだ。だが、付加価値を生む”鶏”を殺してしまっては元も子もない。チャベスとその後継者による経済を無視した「ばらまき政策」は、着実にベネズエラ社会を疲弊させた。その意味では、経済崩壊は「人災」である。

 「今から思い返してみれば、チャベスが死んで原油価格が下落した辺りで、マドゥロ政権は負の遺産を修正しなければならなかった。ところが、マドゥロはよりラジカルな政策を選んでしまった。それが最大のミスだ」。ベネズエラの元外交官、ホセ・クラビッホはそう指摘する。

 あくまでも仮定の話だが、革命の生みの親であるチャベスが穏健な方向に修正すれば、熱狂的な”チャビスタ(チャベス支持者)”もその方向性に従ったかもしれない。だがチャベスが世を去った今、マドゥロは「チャベスの革命」を推し進める以外に、チャビスタの支持を得る術がなくなってしまった。そのため、より政策や行動が過激になり、反政府派への弾圧まで強めている――という見立てである。「21世紀の社会主義」を標榜したチャベスの亡霊が、ベネズエラ国民を飢餓に追い込んでいるとすれば、これほど皮肉な話もない。