先進7カ国首脳会議(G7サミット)が、トランプ米大統領の登場で大もめになった。焦点となった「保護主義と闘う」という文言を何とか維持したものの、逆に爆弾とも呼べる危険な言葉を仕掛けられた。その言葉とは「互恵的」だ。元経産省米州課長の細川昌彦氏(中部大学特任教授)が読み解く。(「
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1人の人間の登場で、会議の様相がこれほどまでに変わるものだろうか。
トランプ大統領の登場によって、最後までもめた今回の主要7カ国首脳会議(G7サミット)。結束を誇示するはずのサミットが、かえって溝の深さを露呈して終了した。最後の最後まで宣言文が出せるかどうか、悲観的な見方さえあった。私もかつてG7サミットを担当していたが、これほどまでに宣言文の書き方でもめたサミットも珍しい。
危険な「相互主義」の再来か
経済分野で最大の問題は「保護主義と闘う」という文言を入れるかどうかで大もめにもめたことだ。過去10年、毎年G7サミットで確認し続けてきた文言である。今回、米国は削除を主張したが、これまであった文言の削除は今後、米国の保護主義的な措置を認めることにもつながりかねない。激しい応酬の結果、最後は土俵際で踏みとどまって、なんとかこの表現を維持した。
しかし、そのための大きな代償も別途支払っている。「互恵的」という危険な言葉がそれだ。貿易に関して、「自由、公正」に加えて「互恵的」が付け加えられている。「相互主義」とも呼ばれているものだ。
トランプ大統領は会議の場でこう主張した。
「米国が低関税ならあなた方も引き下げるべきだ。あなた方が30%を課すならば、米国も30%に引き上げる」
私は本コラムで、2月の日米首脳会談において、トランプ大統領が共同記者会見でこの言葉を発した際にも、その危険性を指摘した(トランプ氏が発した「互恵的」の真意 )。80年代の貿易摩擦が激しかった頃、この言葉を使って貿易不均衡の是正や市場開放を迫られた苦い経験があったからだ。
幸い日米首脳会談での共同声明の作成では、この言葉が盛り込まずに「自由、公正」でとどめるよう日本政府も頑張った。しかし今回は、全体が決裂しかねないギリギリの状況の中で、最後は抗しきれなかったようだ。それが欧州も絡んだ多国間交渉の難しさだ。
「互恵的」と「相互の利益を創出する」は危ない
決裂も厭わない者と、結束を重視する者とでは交渉力が違う。
一部の論者は、米国の矛先は中国で、日本は多くの品目で関税を撤廃しているので心配する必要はない、と気休めを言う。これは過去の歴史を知らないからなのだろう。日本政府の中でも、この言葉の危険性を理解しているかどうかは、過去の貿易摩擦の経験の有無によって明らかに濃淡がある。
「互恵的」とは関税の相互主義だけを言うのではない。様々な使い方がされる。さらに宣言文では「相互の利益を創出する」との文言も挿入されており、将来、貿易の結果の利益も相互にバランスしていなければならないことまで意味しかねない。こうした「危険な言葉」を認めざるを得なかったのだ。
日本が特に注意すべきは、今後繰り広げられる日米経済対話だ。米国がこの武器を振りかざしてどう攻めてくるか。この危険な言葉との闘いの正念場はこれからだ。
結束の接着剤は中国
今回のG7サミットは貿易問題、パリ協定など、経済分野での米欧の対立が顕在化して、協調できないまま終わった。価値観の共有だけでは結束の維持が難しくなったのが今日のG7サミットの課題だ。そうした中で、日米欧がまとまって異論がないのが対中国であった。いわば接着剤の役割を担ったとも言える。
ダンピングや市場歪曲的な補助金など、明らかに中国を念頭に置いた問題を宣言文でも並べて、撤廃の推進で共同歩調を取った。また鉄鋼、アルミなどの中国の過剰生産問題も昨年のサミットから盛り込まれた共通の世界経済の懸念だ。
また、中国が製造業で世界の強国を目指した戦略として、2015年に「製造2025」を発表したが、問題はその具体的展開だ。外国企業に対して中国市場への参入と引き換えに、技術の移転を迫ることが予想されている。外国企業の買収もアグレッシブに行っている。このような中国の産業政策への警戒感は特に欧州の産業界には強い。今回の声明では、こうしたことに対する懸念も盛り込まれた。
翻って日本の産業界の反応はどうか。正直言って危機感は伝わってこない。個社では中国の要求に応じざるを得ない。産業界全体の問題として、欧米の産業界との連携を持ちながら、もっと危機感を持って対応をすべきだろう。
世界経済の最大の問題は中国問題であることは間違いない。この問題で結束することこそ、G7サミットの経済分野での今日的な存在意義なのだ。
また、これらの問題はいずれも日米経済対話でも深掘りされるテーマである。日米経済対話を対立から協力の構図にしていくカギが中国問題であることは、本コラムでも指摘したところである(日米経済対話、3本柱の順序に透けるすれ違い)
今回のG7サミットの首脳宣言を受けて、こうした日米経済対話での成果を経済協力開発機構(OECD)など欧州も巻き込んだ仕掛けにつなげていくことが必要だ。今後、このような通商戦略全体が連動した大きな展開を期待したい。
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