5月26日、セブン&アイ・ホールディングスの株主総会が開かれた。お家騒動と人事抗争を経て、カリスマ鈴木敏文氏が退任するとあって、コンビニ加盟店のオーナーらは、涙ながらに惜しむ声も。ツイッターで実況中継した内容を再録する(
@ nb_kabuso)
5月26日朝9時、JR四ツ谷駅前では、株主総会の看板を持ったスタッフがセブン&アイ・ホールディングス本社まで案内を始めている。まだ株主の様子はまばらだ。本社に向かう途中には、「本年より試供品の配布はございません」との案内がある。
コンビニエンスストア「セブンイレブン」の実質的な創業者であり、長らくセブン&アイを率いてきた流通のカリスマ、鈴木敏文会長兼CEO(最高経営責任者)が退任するとあって、最後にその姿を一目見ようという株主も少なくない。
遡ること、約1月半前の4月7日、鈴木氏は突然、退任を表明した。セブン-イレブン・ジャパン社長だった井阪隆一氏を退任させる人事案が、同日開かれた取締役会で否決された。その直後に開かれた記者会見で、創業者であり名誉会長の伊藤雅俊氏との確執や、井阪氏に対する不満をあらわにし、さらに、鈴木氏の意向を受けた2人の顧問までもが井阪氏を公然と批判するなど、カリスマの晩節を汚す醜態をさらした(セブン会長、引退会見で見せたお家騒動の恥部)。
結局、鈴木氏の突然の退任表明によって、鈴木氏が更迭させるつもりだった井阪氏がセブン&アイの社長に昇格。鈴木氏は名誉顧問に退くことで落ち着いた。株主総会では、一連の騒動に対して、会社側からどのような説明がなされるのか、注目が集まっていた。
「鈴木会長がいなくなったらどうなるのか」と不安がる株主
昨年の株主総会の出席者数は1984人、開催時間は1時間28分。13人が質問に立ち、16問を投げかけたという。今年は鈴木氏が退任するとあって、会社側はさらに多くの出席者を見込み、会場のスペースも昨年より広げて総会に臨んだ。
千葉県から来たという70代の男性株主は、総会前に次のような疑問を語っていた。
「鈴木会長がいなくなった後、どうなるのか。昔から鈴木さんの手腕は大したものだと評価していた。世界トップのコンビニに育てたんだから。けれど最近は株価が良くない。鈴木さんの経営は良かったが後継者の指名が遅かった。新体制でどんな展開をするのか。井阪さんは鈴木さんがクビにしようとしたくらいだから、何か理由があるはず」
都内に住む60代の男性株主は、次のように話した。
「私は3〜4年前から鈴木さんはおかしくなってきたと感じてきた。今回の騒動を見ても、セブン&アイは外部の顧問とか、経営陣以外の人が介入しすぎた。鈴木さんの名誉顧問への就任については、『残すべき』『残さないべき』という両方の意見があるだろう。それらに対して、どのように説明をするのか聞きたい。新体制には頑張ってもらいたいが、あれだけのカリスマがいなくなるのだから、この先3~5年は落ち着かないのではないか」
埼玉県在住の60代男性株主は、新体制への不安を語った。
「私も流通業に携わっているから、鈴木さんの手腕は評価している。新しいものを生み出すセブンのDNAを継承できるか。鈴木さんは井阪さんはダメだと言った。本当に大丈夫なのか。今回の騒動について、鈴木さん本人がどのような言葉で説明するのか。直接、鈴木さんから説明を聞きたくて株主総会に来た」
果たして、こうした株主たちの疑問や不安は、株主総会で解消されるのだろうか。
壮絶なお家騒動の割に、説明はあっさり
10時、定刻通りに株主総会が始まった。議長はセブン&アイ社長(以下、肩書きは株主総会開催時点)の村田紀敏氏が務める。村田氏は長く鈴木氏の側近を務めており、鈴木氏の提案した井阪・セブン-イレブン・ジャパン社長の更迭案にも賛同。鈴木氏の引退会見にも同席し、混乱の責任を取って、この株主総会後、顧問に退く。
開会を宣言すると株主からは拍手が沸いた。
中央に議長席があり、その右側に議長の村田社長、左側に鈴木会長。村田社長の右隣に井阪隆一取締役(セブン-イレブン・ジャパン社長)。鈴木会長の左側に後藤克弘取締役、創業家の伊藤順朗取締役が続く。左端から2番目が鈴木会長の次男の鈴木康弘取締役だ。社外取締役は一番後ろに座っている。鈴木会長の井阪氏更迭案に反対し、話題を集めた一橋大学の伊藤邦雄特任教授の表情は、遠くて読み取れない。
鈴木会長は青みがかったネクタイを締めている。退任会見では黄色のネクタイだったが、今回はより落ち着いた色合いだ。
村田社長は最初に、熊本地震についてお見舞いの言葉と、地震への対応状況を説明。
続いて、映像とナレーションで業績説明や事業報告などが始まる。オムニチャネルやPB(プライベートブランド)「セブンプレミアム」などの説明。セブンプレミアムの売上高は今期1兆2000億円を計画していることなどが解説された。
今回の総会の議案は3つある。1号議案は余剰金の処分、2号議案は取締役14人の選任、3号議案は執行役員ならびに、取締役や執行役に対するストックオプションなどについて。注目は2号議案。セブンイレブン社長からセブン&アイ社長に昇格する井阪氏に対し、株主はどのような評価を下すのか。一連のお家騒動について、鈴木会長は自分の言葉で、株主に説明をするのか。今のところ、議長の村田社長などからもそうした説明はない。
業績・事業説明の映像が終わり、議長である村田社長が1号議案から3号議案までの決議事項の説明をする。そしていよいよ、新たな取締役をどのように選んだか、そのプロセスの解説を始めた。
村田氏
「3月8日、取締役会の監督機能を向上させることなどを目的に指名・報酬委員会を設置しました。指名報酬委員会は、取締役の選任議案に対し、3月下旬から複数回開催され、多角的な視点から検討しました。しかし委員会で最終的な結論に達せず、承認されなかったため、取締役会に審議を委ねることになりました」
「4月7日の取締役会では、賛成が出席取締役の過半数に達せず承認されませんでした。4月15日の指名・報酬委員会では、新たな役員人事案を組成することとし、4月19日開催の取締役会で審議の結果、出席取締役の全員賛成で承認されたため、本総会に付議するに至りました」
壮絶なお家騒動があった割に、村田社長の説明はあっさりとしたまま終わった。内容は淡々としているが、口調ははきはきとしている。
続いて村田社長は、「これより報告事項、招集通知に記載している1号議案から3号議案まで決議事項について、質問を受けます」と話し、株主との質疑応答が始まった。
同時に「本日は本会場以外に別会場も用意しています」と説明。質問がある場合には、係に案内されて、本会場に移動してから、質問する体制を取るという。
村田社長「もう、『ノーサイド』」
10時45分、男性株主が2号議案について質問を始めた。
株主
「4月7日の取締役会では、無記名投票となったと聞きます。ただ、無記名投票では誰がどういう理由で投票したのか分かりません。投じた票とその理由について、それぞれの役員に聞きたいと思います」
村田社長
「確かに4月7日に取締役会で審議をしました。その際、多くの取締役から意見をもらった上で無記名で投票をしています。なぜ無記名かというと、我々のグループが一丸となって、遺恨を残さず、各自の意見に基づいて投票するためです。この方法は弁護士にも確認したので違法ではありません。合法です。その結果として、会社側が提案した井阪さんの退任の件については、反対という結論に達しました」
「もう、『ノーサイド』。これからは全員が一体となって経営にあたらなくてはならない。それがお客様、加盟店のオーナー様、取引先様などの信頼を得ることになります。無記名なので、私どもは誰が賛成であったか、反対であったかは分からないし、それを問うことを必要としていません」
会場からは拍手が起こる。村田氏は、強い口調で「以上、回答でした」と締めくくった。
株主が憤慨「ヨーカ堂のパンツは1カ月でダメになる」
別会場からも質問の手が上がった。男性株主の質問。
株主
「1998年から株主で、今回は1つのお願いと1つの確認があります。お願いはイトーヨーカ堂について。まず業績が悪いですよね。株主として、私はいろんな商品をイトーヨーカ堂で購入しているけれど、イトーヨーカ堂のパンツは1カ月でダメになります。ゴムがすぐにダメになる。こんなところで言うのも何だけれど、おしっこするのも不便なんです。私は株主ですからイトーヨーカ堂のものを買っていますが、あんなものを売っているから、今のような状況になんです」
「もう1つ。先ほど村田さんは、『これからはノーサイド』と言ったけれど、今まではノーサイドでなかったのでしょうか」
商品については亀井淳・イトーヨーカ堂社長が回答した。
亀井氏
「私どもは常に、安心安全でより良い商品作りを心がけています。株主様には今回、大変不快な思いをさせてしまいました。今後もご意見を取り入れ、より満足して頂けるような商品を開発し、お手元にお届けしたいと思います」
「ノーサイド問題」については村田氏が回答。
村田氏
「それは『てにをは』の問題ですね。実は非常に多くの株主様がいらして、緊張しています。これから『は』ではなく、これから『も』ですね。大変失礼いたしました」
少し照れたように「緊張している」と説明して、村田氏は株主からの質問をうまくかわした。
ヨーカ堂の対応に不満を持つ株主が
男性株主から別の質問。イトーヨーカ堂の対応に不満を持つ株主が、村田社長を相手に興奮気味にまくし立てる。村田社長や亀井社長がそれに冷静に対応する一幕となった。
株主
「イトーヨーカ堂の対応について。上尾店や大宮宮原店を利用しているけれど、対応がおかしい。店長に連絡したが返事がなくて、電話をするというのだけれど、私のほうは電話をもらった記憶がなくて…」
村田氏
「すみませんが、要点を手短に...」
株主
「いや、だからこれからなんですよ!」(怒)、「そちらから電話が折り返し来たそうなんだけれど、平日の自宅にしか電話してこないみたいなんですね。これ、おかしいじゃないですか!」
亀井氏
「私どもイトーヨーカ堂の対応が悪い、というご指摘をいただきました。イトーヨーカ堂の社員と連絡がうまくとれなかったということですが、より密接にお客様と連絡を取り、前向きに、速やかに解決していこうと思います」
ついに井阪社長が登場!緊張の面持ち
業績不振のイトーヨーカ堂に対しては、株主からも厳しい質問が相次いだ。亀井社長の前に座る井阪社長も、書類に目を落としている。
別の質問。テーマはコンビニのアルバイトやパートの賃金について。労働力不足や高齢化などを受けて、コンビニでも年々、アルバイトやパートが集まりづらくなっている。
株主
「セブンイレブンはコンビニ業界で一番業績がいいわけだが、アルバイトの賃金が低い。株主の立場として恥ずかしい。もう少し、賃金をアップしてもいいのではないか」
2号議案が可決されれば、鈴木会長に変わってセブン&アイのトップに就く井阪社長。今回の総会で初めて井阪社長が株主の質問に回答する。井阪社長は緊張している様子だ。
井阪氏
「貴重なご意見をいただきました。やりがいのある仕事、賃金も含めて考えていかなければいけません。株主様のお話を拝聴しながら肝に銘じました」
セブンイレブン1号店のオーナーが涙の訴え
続いて、セブンイレブン1号店のオーナーが質問に立ち、涙ながらに語り始めた。
オーナー
「私はセブンイレブン1号店のオーナーです。鈴木会長が退任するということで驚いていますし、寂しく感じています」
「鈴木会長とは43年前から一緒にやってきました」(涙声)、「本当にご苦労様でした。鈴木会長のお陰で、一加盟店のオーナーとして、また一株主として、大変大きな成果を上げることができました。本当にありがとうございました」
「これからは新しいリーダーに井阪社長が、セブンイレブンでは古屋社長がリーダーとなります。私も30年来、2人を存じ上げていますが、本当に能力もあって、色々な面で長けた方だと思います。きっと、この会社を、健全で躍動感のある会社にしてくれると思います」
村田氏
「ありがとうございました。励ましのエールをいただきました。会長からも一言、お願いします」
会場から大きな拍手が起き、ここでついに鈴木会長が登壇した。株主の多くが鈴木会長の言葉を待ちわびている。会場からはそんな雰囲気が伝わってきた。
鈴木氏
「会長の鈴木でございます。古くからのオーナーさんから、ご挨拶をいただきました。私どもがセブンイレブンを開発する時に進んでこれに参画していただきました」
「過去を振り返ると、オーナーさんが、これに参加していただけなかったら、現在のセブンイレブンの形はどうだったのかと思います。その後、オーナーさんは立派な成績を上げて、続く多くの仲間のみなさんが、こちらのお店に教えを請いにうかがいました」
「今後ともオーナーさんは頑張ってもらいたいと思いますし、私自身も今後、まだこの会社に顧問として残らせていただきます。そういう意味では、みなさんのお力になれることがあれば、できるだけのことをして、応援してまいりたいと思っています」
「どうも長い間お世話になりまして、ありがとうございました」
涙ぐみ、言葉を詰まらせて感謝の思いを伝える1号店のオーナーや、その声に応えて、鈴木会長に登壇を促した村田社長。彼らの高揚感と比べると、鈴木会長の表情や語り口は、あっさりとしているように映る。退任を表明した会見と、同じ声のトーンではあるけれど、鈴木会長の表情は柔らかい。語り終え、鈴木会長がお辞儀をすると、会場は大きな拍手で溢れた。続いて、鈴木会長からバトンタッチを受ける井阪社長が、マイクを持つ。
井阪氏
「本当に、私が入社する前からお店をやっていただいてきました。本日私があるのも、オーナーさまと鈴木会長のお陰でございます。私はお二人とも創業者だと思っています」
「創業の精神を、これからもしっかりと育んで、強いチェーンであるように、精一杯努めていきたい」
井阪社長もこう話しながら、途中で少し感極まったように声が震えていた。
伊藤名誉会長の次男、伊藤順朗取締役も
別の質問。
株主
「CSRの取り組み、特に原材料のムダのない利用について質問をしたいと思います」
「現在、食品ロスが多くあると言われています。セブンイレブンも店舗数が多いので、その中で賞味期限切れの廃棄ロスが出てきます。廃棄をすることも必要だけれど、ムダのないように、例えば低所得者に廃棄する商品を引き渡すなどして、ロスを減らす仕組みを検討してもらいたい」
この質問には伊藤順朗取締役が立ち上がった。伊藤取締役は、創業者である伊藤雅俊名誉会長の次男でCSR統括部シニアオフィサーなどを担当している。鈴木会長が井阪社長の更迭を問うた取締役会では、鈴木会長の案に反対票を投じた。一連のお家騒動では、創業ファミリーである伊藤家と鈴木会長の信頼関係にも焦点が当たった。こうした点について株主から問われる可能性はあったが、至ってまっとうな担当領域について、伊藤取締役が回答。
伊藤氏
「フードロスの問題は非常に大きな問題です。廃棄を減らすことや、リサイクルの取り組みを我々も実施しています。特にイトーヨーカ堂では、食品残渣をセブンファームで飼料として使っています。株主様のご意見は本当にもっともだと思うので、これからも取り組んで行こうと思います」
廃棄ロスについては、加盟店オーナーの中でも、課題として認識されている(コンビニオーナーが一様に口にする、ある懺悔)。続いて質問に立ったのは、比較的若い男性の株主だった。
株主
「2号議案について、感謝を申し上げに福島から来ました。私ごとで恐縮ですが、私の親父が昭和50年代半ばからセブンイレブンのオーナーとなり、おふくろとともに店を切り盛りしてきました。その両親が4年前、震災の翌年に2人とも病気で亡くなりまして、事業は私の妹が継ぎました」
「両親は30代半ばでセブンイレブンを始めました。当時のノートが見つかって、読んでみると、初期投資に必要な資金をいかに工面して借金を返すか、またいかに売り上げを伸ばすのかについて、細かに書かれていました。2人の生涯を振り返った時、背負っていたものの重さを改めて感じています。それはとりもなおさず、事業の創設に関わった鈴木会長をはじめ、当時の方々にとっても、同じような、またはそれ以上の、我々には想像のつかない苦労や心労があったということだと推察しています。福島のような田舎では、最寄りのコンビニまでクルマで1時間というところもあります。ですから店の存在そのものが社会貢献だと思っています。両親は、誠実さや変化対応をモットーに歩んできたんだなと感じました」
「日々、便利さや快適さの追求に尽力している社員、オーナーのみなさまに、この場を借りて感謝をしたいと思います。そして鈴木会長に感謝の言葉を伝えたいと思いました」
村田氏
「ご両親のご苦労について、ご子息様が気づかれたということですね。特にセブンイレブンのような会社は、その思いをつなぐことが役割だと思っています。責務の重さを感じながら、これからの経営に当たりたいと思います」
「しこりは残っていない」
質問が続く。
株主
「私は、鈴木会長の魅力にひかれて株を買いました。けれど、報道などを見ると、会長は退任後、本社に事務所がなくなるそうです。それはとても寂しいことです。大変苦労してきた会長が、退任する時に居場所を失うとは、とても理解できません」
株主は強い語気で、鈴木会長が本社から去ることを批判した。こうして株主からの質問を聞いていると、鈴木会長の手腕や人柄などを評価して株を購入した個人株主が多いことが分かる。
村田氏
「会長の、顧問就任後の執務室については、会長と、井阪取締役、後藤取締役の間で検討を重ねました。そこで最終的に会長自身が、『自分がそばにいると、なかなかやりづらいこともあるだろう』と決断を下されました」
「そこで本社の近くにオフィスを開設して、いつでも役員や社員が、質問したり相談に言ったりできるような体制を組んでいこうということで、こういう形になりました」
「マスコミの記事を読むと、とてもセンセーショナルな言い方で書かれていたようですが、そんなことでは決してありませんでした」
村田社長は、井阪社長をフォローする形でこう回答した。井阪社長が鈴木会長に、「出て行ってくれ」と迫ったと報道されたことを念頭に置いた返答と見られる。
“お家騒動”に関する株主からの質問は、さらに続く。
株主
「取締役選任の件で、先ほど『ノーサイド』という言葉が聞かれましたが、やはり無記名投票の内容を精査した方がいいのではないでしょうか。これを出さずに片付けると、しこりが残ると思う」
村田氏
「4月7日の取締役会の決議の無記名投票のことだと思いますが、これについては先ほど、私が回答した通りです」
「セブン&アイは、創業者の伊藤名誉会長と、ここにお座りいただいている鈴木会長のお二人で作ってまいりました。この基本的な精神は、誠実で信頼される企業になるという1点です」
「いろんな議論がありますが、我々が他の企業と違うところは、一度1つに固まれば、みんなが1つのベクトルに向けて事業を徹底して実行することにあります。世間の常識とは違うかもしれないけれど、『ノーサイド』『みんな仲間だ』という考え方で、現在、ここに座っている全員で、その価値観を共有しています」
村田社長の語る、「一度1つに固まれば、目指す方向に向けて徹底して実行する」というセブン&アイの特徴は、そのままセブンイレブンの強みとも言える。目標を共有すれば、それに向けて一丸となる。そのため今はしこりが残っていないと、語調を強くして訴えた。村田社長の言葉を聞きながら、鈴木会長は会場の正面を見据えている。表情から、思いを読み取ることは難しい。
株主「会長!退任を先に延ばしてください」
株主
「鈴木会長にお願いがあります。退任を先に延ばせないでしょうか。会長がいなくなれば、会社が傾いてしまいます」
唐突にこう切り出した株主の提案に、会場からは笑いがもれた。鈴木会長も、この要望に笑顔で答えた。
鈴木氏
「私も年ですし、長い間やってきました。今回もいろいろと話し合いまして、若い人たちがしっかりと後を継ぐと、私も自信を持っています」
「そういう意味で、みなさまの強いご支援をいただければ、会社を今まで以上に伸ばしていけると思うので、是非、ご支援を頂きたいと思います」
相変わらず、2号議案についての質問が続く。鈴木会長のファンが多いことがよく分かる。
株主「同一労働、同一賃金への対応は?」
株主
「セブン&アイでは現在、同一労働、同一賃金を導入しているのでしょうか」
この質問に回答すべく立ち上がったのは、セブン&アイの後藤克弘・常務兼CAO(最高管理責任者)。新体制ではセブン&アイの副社長として、井阪社長をサポートする。
これまでも「セブン&アイのナンバー3」「鈴木会長の懐刀」などと言われてきた人物で、鈴木氏の次男・康弘取締役らが推進してきたオムニ戦略も管掌することになる。
後藤氏
「小売業は、労働集約型の産業であります。常に労働生産性を高めていないと付加価値の提供ができないという宿命を持ちます。ですから人事政策では、しっかりと働いている人にはそれに見合う給料をきちんとお支払いしていきます。管理職や正社員への登用の道も用意しています」
「同一労働、同一賃金になるとコストが上がると考えられがちですが、賃金は投資だと思っています。投資に見合う生産性を高めることに、今後とも注力してまいります」
」
株主「衣料事業部を切り離して!」
続いて、イトーヨーカ堂の衣料品の在庫の問題について質問が飛んだ。
株主
「スーパー事業の営業利益についてたずねたいと思います。スーパー事業ではイトーヨーカ堂が中核ですが、営業利益があまり上がっていません。百貨店事業でも営業利益は上がらないけれど、足を引っ張っているのは衣料部門だと思います」
「利益が上がらないから、業務改革を実施して、利益を確保しようとしているけれど、そもそも衣料事業部を切り離してしまえないのでしょうか」
「以前、衣料品の在庫が60日分あるのに、まだ仕入れている、と聞きました。業績でも、在庫を削減したから利益が減ったということを言っています。しかし60日分の在庫があるということは、今仕入れたものは7月にならないと売れないということですし、今販売しているものは3月に仕入れたものだということです。一体、どうするつもりなのでしょうか」
日経ビジネスは、イトーヨーカ堂の在庫問題についてスクープで報じている。イトーヨーカ堂の業績を改善するために、鈴木会長が、創業ファミリーである伊藤家らに在庫の買い取りを要請したという内容だ。取材を通して、この打診によって、鈴木会長と伊藤家の信頼関係が崩壊したことも分かった(ヨーカ堂100億円在庫買い取り要請が頓挫)。株主からの質問については、イトーヨーカ堂の亀井社長が答えた。
亀井氏
「イトーヨーカ堂の衣料品は現在、2000億円近い売り上げがあります。しかし今、世の中の流れの中でイトーヨーカ堂の衣料品は苦戦をしています。在庫の問題など、様々な問題が山積しているのは確かです」
「ですから衣料部門の改革を、グループをあげて、グループの支援を受けながら、実行していきたいと思っています。これからはオムニチャネルだとか、色々な方法があります。世の中の流れに衣料部門がついていけなかったのは確かですが、今後は期待に添うような衣料品を作り上げていきたいと思います」
株主「ヨーカ堂衰退の原因は鳩のマークの消滅にあり」
ここで、質問はあと2つに限ると村田社長が語った。
株主
「どーーーも、村田さん、久しぶり。私もベテランオーナーとして意見を言いたいと思います」
「まず鈴木会長には、お疲れさまでしたと申し上げます。一方で、井阪さんには、お願いをしたいことがあります。それがアルバイトの賃金の状態がよくないことです。私の記憶だと、1978年の頃のアルバイトの時給は400円程度でした。当時の店舗の(1日当たりの)売り上げは約40万円。それが現在、時給は910円で、売り上げは68万円」
「売上高が1.7倍なのに対して、人件費は2.2倍になっています。フランチャイズシステムでは、加盟店が人件費の上昇分を負担しています。それを正確に、株主のみなさまにもまずは理解してもらいたいと思います」
「その上で、井阪さんにもう1つお願いがあるのです。イトーヨーカ堂の業績悪化の原因は、総合スーパーが時代に合わなくなっている、とよく言われています。けれど私はそうではないと思っています。イトーヨーカ堂は、鳩のマークがなくなったからダメになったんです」
「鈴木さんが会社を持ち株会社化して、鳩ぽっぽのマークを下して、7&iの看板にしました。あれが、イトーヨーカ堂の社員の意識を下げたのだと思います。消費者は、鳩ぽっぽのマークへの信頼で買い物をしてきたはずです」
「私自身も、鳩ぽっぽのマークの伊藤さん(名誉会長)がコンビニをやるから、セブンイレブンのオーナーになりました。鳩ぽっぽのマークを愛しています。ですからどうか、鳩ぽっぽのマークの復活を、お願いしたいのです」
井阪氏
「大変貴重なご意見をいただきました。日本が直面する1つの大きな問題として労働力不足があります。ステークホルダーのみなさまに、フランチャイズのシステムを理解してもらう対話も重ねていきたいと思います」
最後の質問になった。
株主
「私は毎年、株主総会に参加するのを楽しみにしていました。楽しみの1つが、今年からやめたという試供品にあります。去年から膝を悪くして、杖をつきながらここに来ているのですが、なぜ、みんなが楽しみにしていた試供品をやめたのでしょうか」(会場からは拍手)
後藤氏
「セブンプレミアムを導入した折に、認知度がそれほど高くなかったので、みなさんに知って頂きたいと思って始めた試供品であります。おかげさまでセブンプレミアムの売上高は1兆円を超え、認知も広がってきました」
「当初の目的である認知を高めることはとりあえず達成しました。1兆円という節目もあったので、お土産としての試供品の提供をやめたわけです。貴重なご意見を頂戴しました」
質疑が終わり、各議案の裁決に進む。1号議案が拍手で可決。2号議案については、株主からの質問が最も多かった。これについては、候補者全員を一括して選任する方法で進められ、拍手で原案通りに可決。新任取締役の紹介へ進んだ。
井阪社長や後藤常務、伊藤取締役…と、選任された取締役は順に起立して礼をする。これに社外取締役の紹介が続き、13人が再任された。加えて新任取締役として、セブンイレブン社長に就く古屋一樹氏が紹介された。
3号議案も拍手で可決。
通常ならば、株主総会はここで終わる。だが今回はトップの交代などもある。そこで最後に退任する鈴木会長と村田社長、新たにトップに就く井阪社長が、それぞれ株主に対して挨拶をする機会が設けられた。まずは顧問に退く村田社長。
村田氏
「本日をもって退任します。セブン&アイを設立して10年、株主のみなさまに力強いご支援をいただきましたことを心より御礼申し上げます。何よりも、偉大な経営者であります会長の鈴木敏文氏と一緒に退任できることが、私にとって一生の宝でございます」
村田社長の言葉の端々からは、鈴木会長への溢れる思いが伝わってくる。最後に「ありがとうございました」と力強く締めくくると、会場から拍手が上がった。
続いて、井阪社長が中央の議長席に登壇し、挨拶を始めた。
井阪氏
「私がまず、どんな会社にしたいかというと、創業理念である全てのステークホルダーに信頼される誠実な企業でありたいと思っています。原点に立ち返って、自由闊達で風通しのいい会社にしたいと思っています」
「その上で、鈴木会長の経営理念である変化への対応と、絶対価値の追求を受け継いで、礎として大役を務めたいと思っています。持続的な企業価値の向上に向けて、精一杯頑張ります」
鈴木会長、去る
最後に鈴木会長の挨拶が始まった。現役の経営者としては、最後の言葉を残すことになる。鈴木会長が議長席に登壇すると、これまでよりも一層大きな拍手が起こった。鈴木会長の口調は、淡々としている。
「鈴木で、ございます。私がグループに参画させて頂いたのは、1963年でございました。その時の規模は、売り上げで約40億円でして、店舗数は2店舗でした。その後、やはりみなさま方の多くのご支援をいただきながら、会社が成長してまいりました」
「そして今日は、グループ全体の売り上げが10兆円を超す規模になりました。これもひとえに株主のみなさまのご支援があったからだと思っています」
「先ほども質問がありましたが、今はもう晩年でございますし、一部、イトーヨーカ堂や西武については懸念もありました」
「しかし、イトーヨーカ堂については今年に入って徐々にではございますが、良い方向に向かっていると確信しています。西武についても、新しい商品を入れることをやっております」
「何より、これからの大きな問題はオムニチャネルです。オムニチャネルに対して、どれだけ力を入れてくれるか。もちろん、力を入れてくれることを私に宣言してくれております」
「それがきちんとできれば、我々の会社は小売業として日本で一番、そして世界で何番目かに、成長すると思います。それについても、株主のみなさまのご支援をいただくようにお願いをして、挨拶にかえたいと思います」
鈴木会長は正面を向いたまま淡々と話し終えた。
鈴木会長が挨拶を終え、議長席から去ろうとすると、村田社長がそれを止めた。そして、村田社長に促される形で、井阪社長が鈴木会長と握手を交わした。まさに、「ノーサイド」の演出だ。
その後、閉会が宣言されて、株主総会は幕を閉じた。株主や役員たちがぞろぞろと会場を去っていく。
株主総会にかかった時間は1時間52分。出席者は合計1385人だった。昨年の出席者数が1984人なので、それよりも参加人数は少ない。参加したのは、カリスマ最後の姿を目に収めたいと思う株主が中心だったのだろうか。
こうして、経営者・鈴木敏文はついに経営の第一線から去った。
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