三菱自の2倍のシェアを持つマツダやスバルでさえ、中小自動車メーカーとして、普通乗用車の内燃機関の開発に特化し、それぞれ欧米で高い評価を受けている(マツダは軽自動車の販売は行っているがOEM調達によるものであり、自社開発は行っていない)。規模が小さいのであれば、身の丈に合わせたニッチ戦略を採るべきであろうし、三菱自の開発費では、そもそもこれだけの開発プロジェクトを回すことは不可能だ。

 限られた開発資源の中でこれだけ無理な開発プロジェクトを押しつけられたら開発現場の士気は下がるだろうし、それでもなんとかしなければならないという焦りがモラルやコンプライアンス意識を吹き飛ばしてしまったのではないだろうか。誤解がないようにもう少し説明すると、車種のラインアップをある程度持つことは悪いことではない。しかし、開発資源が限られているときは、コアコンピタンスに特化し、それを横展開してラインアップを拡充すべきなのである。自動車業界らしくいえば、競争力のある親モデルを開発し、そこから派生モデルを増やしていくという手法だ。

 しかし、三菱自は、コアコンピタンスを深掘りした上での横展開ではなく、軽自動車、普通乗用車、電気自動車というそれぞれ異なる技術開発プロジェクトを並行していた。そこが、総花的ということなのである。会社の規模を考えずに、大手と同じような開発戦略を押しつける。問題は、「大三菱」の看板にあるのではないだろうか。

 ちなみに三菱の乗用車のラインアップにはディグニティとプラウディアという高級セダンがある。多くの乗用車のラインアップを削り、軽自動車とSUVをメインとしているなかで、非常に違和感のあるラインアップであるし、町中で見かけることもほとんどない。これらは日産の高級セダン、シーマとフーガのOEMであるが、まるで、三菱グループの役員車、社有車としてスリーダイヤモンドをつけるだけのために存在しているかのようだ。こうした大三菱グループの意識を捨てなければ、実態として小規模メーカーである三菱自の再建はままならない。

それでもついてくるお客さんだけを大切にする会社に

 1990年代以降、三菱といえば、パリ-ダカールラリーのパジェロや世界ラリー選手権(WRC)のランサーエボリューションなど、ラリーに強い、高い技術力を持った会社のイメージであった。しかし、競技分野は不要なコストとして切り捨てられ、マニアックな人気のあったランサーエボリューションも市場から姿を消した。三菱自は、軽自動車や電気自動車よりも、こうした何があっても三菱ブランドについてきてくれるニッチでコアな客をもっと大切にすべきだったのではないだろうか。

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