キャメロン首相も“反カーン”に便乗

 ゴールドスミス氏らは、15年ほど前、当時人権弁護士だったカーン氏が、白人への過激な発言で知られる米国在住のイスラム指導者に対して実施された英国入国禁止措置に際し、このイスラム指導者の弁護を行ったことや、過去9回に渡り過激な発言で知られる英国内のイスラム指導者らと集会に出席したことを取り沙汰した。こうした背景から、カーン氏は過激派への取り締まりを甘くするのでは、との批判を展開した。

 この戦略に保守党党首のキャメロン首相が便乗し、4月20日の下院での質疑の際、カーン氏が過去に同じ集会に出席した元イスラム指導者について、この男性がIS(過激派組織・自称イスラム国)の支持者であると指摘。カーン氏がこうした人物と何度も同じ集会に出席していたことは憂慮すべき事態で、労働党の見識を疑うと攻撃した。

 ところが、この発言の後、元イスラム指導者本人がISとの関係を完全否定した上に、実は保守党支持者であることや、カーン氏が同性婚を支持して以来、カーン氏との関係が決裂していることが判明した。こうしたネガティブキャンペーンの横行に、世論はもちろんのこと、地道にイスラム教徒のコミュニティーとの関係を築いてきた保守党議員らからも批判が起きた。

 この首相の発言に対し、英大手新聞のガーディアンは2日後のコラムで、次のように皮肉り、痛烈な批判を展開した。

 「保守党が本当にカーン氏が過激派だとの疑念を持つなら、声高にこれを宣言する権利どころか、(国民に周知徹底させる)道義的責任がある。IS(自称イスラム国)に共感する者が我々の市長となる危険を首相が感じるなら、異文化理解だのコミュニティーの団結などと言っている場合ではない。毎日会見を開いて、国家安全保障の危機を訴えるべきだ」

首相と国防相が批判した「ISとの関係」は根拠なし

 カーン氏にISとのつながりを示す疑いようのない証拠があるならば、ガーディアンが指摘する通り、政権はそれこそ命懸けでカーン氏の市長就任を阻止すべきであった。しかし、5月11日になって官邸は、「首相は先の元イスラム指導者が『イスラムの国の建国』を支持していたと言ったのであって、IS(自称イスラム国)と言う意味ではなかった。誤解があったのなら謝罪する」という趣旨の発表を行った。

 しかし、キャメロン首相の発言が録画された動画を何度見直しても、キャメロン首相ははっきり、過激派組織の代名詞として広く認識されている「IS」と明言している。通常、英語で「イスラムの国」を表現する場合は「an Islamic State」とする。「IS」と省略することはまずなく、苦し紛れの言い訳に聞こえる。

 この元イスラム指導者は首相同様に、この人物がIS支持者であるとメディアで発言したファロン国防相に対する法的措置を取り始めた。ファロン氏は首相に先駆け、自身の発言について誤りを認め、謝罪している。

ネガティブキャンペーンの副作用を懸念する声

 実名でISとの関連を取りざたされたこの元イスラム指導者は、自分だけではなく家族も身の危険を感じるほどのバッシングを受けていると言う。過去に過激な発言があったにせよ、ISとの関与を全く証明できず公式な謝罪をしたとあれば、政府要人による重大な人権侵害である可能性が高い。

 ロンドンは11年前、国内過激派によってテロの標的になった。それ以来、イスラム教徒、特に若者に対する言われなき差別や偏見こそがテロの温床となるとの考え方は、多くの市民に浸透してきている。

 ゴールドスミス氏やキャメロン氏が、根拠のないカーン氏と過激派との繋がりを政治目的に利用したとすれば、それは、人種を越えて草の根レベルで共存の道を模索してきたロンドン市民や、この街でテロによって命を落とした人たちへの冒涜である。

 カーン氏のロンドン市長選出は、多くの貧しいイスラム教徒の若者たちにとって希望となっている。しかし、その半面、首相らが繰り広げたネガティブキャンペーンは、「やはり移民は白人に受け入れられず、ここには自分の居場所がない」という絶望を、イスラム教徒たちに突き付けたとの指摘もある。

 ゴールドスミス氏の選挙マニフェストには「ロンドンは世界で最も寛容な都市であるべきだ。自分がなりたい自分になる自由を得られるからこそ、人々は何世代にも渡って、この街で暮らすことを選んできた。私は、人々が多大な尽力をもって勝ち得てきた、このロンドンの価値を脅かす存在を厳しく取り締まる」とある。しかし選挙戦での行動は、この公約と著しく矛盾しているように見える。

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