ロンドンで、イスラム教徒の市長が誕生した。サディク・カーン氏、45才。テロの脅威がなくならず、キャメロン首相までもが根拠なきネガティブキャンペーンを展開したが、逆風にも屈せず57%の得票率を獲得した。人権派弁護士として同性愛者への理解もあるカーン氏が、高まる社会の分断リスクに挑む。

「私の名前はサディク・カーン。ロンドン市長だ!」
5月7日、ロンドン市民の前に姿を現した野党労働党のサディク・カーン氏(45才)が高々と宣言すると、大きな歓声が沸き起こった。ロンドン市長選は熾烈な選挙戦が繰り広げられた。結果は、イスラム教徒であるカーン氏が57%を獲得し、見事に当選した。ロンドンでは、総人口の約12%をイスラム教徒が占めていると言われる。投票率は45.3%だったから、イスラム教徒以外の多くの市民が、カーン氏を支持したことになる。
「私のような者が、ロンドン市長になれるなど夢にも思わなかった」。投票結果が発表され、市長に選出された直後のスピーチで、カーン氏はこう述べた。
カーン氏のこれまでの軌跡は、絵に描いたようなサクセスストーリーである。両親は、1960年代にパキスタンからイギリスに移り住んできたイスラム教徒の移民だ。カーン氏は70年に、8人兄妹の5男としてロンドンで生まれた。父親はバスの運転手で、母親は針子をして家計を支えた。一家は自治体の運営する低所得者層向けの公営住宅に暮らしながら、カーン氏は大学で法律を学び、人権派弁護士となる。ロンドンの特別区議会議員も務め、2005年には国会議員になった。
順調に弁護士、そして政治家としてのキャリアを積んできたように見えるが、それだけでイスラム教徒であるカーン氏がロンドン市長になれたわけではないだろう。テロへの脅威が高まる中でも、イスラム教徒への偏見に屈しなかったカーン氏自身、そして、ロンドン市民の強い意思が、今回の勝利の背景にある。実際、同じスピーチの中でカーン氏は、今回の選挙戦を振り返り、「私はロンドンが、恐怖ではなく希望を、分断ではなく結束を選んだことを誇りに思う」と熱く語った。
偏見に基づくネガティブキャンペーンも
世界屈指の国際都市ロンドンには、常にテロの脅威が付きまとう。英国の国際テロ警戒レベルは依然として、5段階のうち「攻撃の可能性が高い」ことを意味する上から2番目だ。
いつテロが起こるかもわからない危険を抱え、市民が一致団結しなければならない状況にもかかわらず、今回のロンドン市長選挙では、逆に社会を分断しかねないキャンペーンを張る陣営があった。それが、カーン氏の対抗馬だった、与党保守党候補のザック・ゴールドスミス氏である。
ゴールドスミス氏の生い立ちは、カーン氏とは対照的だ。ロスチャイルド一族の妻を持ち、自身は大富豪の息子。名門イートン校に入学するも、薬物問題で退学処分になったこと以外は、「生粋のおぼっちゃま」を彷彿とさせる。
カーン氏同様、ゴールドスミス氏も、ロンドン市民の最大の懸念事項である住宅不足の改善などを公約に掲げていたが、具体的な政策に乏しく、カーン氏にリードを許していた。不利な状況に焦ったのか、ゴールドスミス陣営は、イスラム教徒であるカーン氏が過激派と結びついていることを印象づけるような戦略に打って出た。
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