クックパッドやセブン&アイ・ホールディングスなどでコーポレートガバナンス(企業統治)の姿勢が問われる騒動が相次いでいる。こうした混乱はどんな問題を提起しているのか、そしてそこから何を学ぶべきか。ドイツ証券シニアアナリスト風早隆弘氏に話を聞いた。
クックパッドについてお伺いします。今回の一連の流れを見ていて、どういったところに問題点を感じましたか。
ドイツ証券風早隆弘シニアアナリスト(撮影:的野 弘路、以下同じ)
風早:まず、株主総会前の段階において残念だったのは、クックパッドは立て付けとしてのガバナンスがしっかりできていたのに、今回のような騒動にまで発展してしまったこと。取締役会は当時の穐田誉輝社長と創業者の佐野陽光取締役以外の5名が社外取締役でした。
これだけ問題がつまびらかになり、議論されていること自体、当時の社外取締役の功績や、ある意味でガバナンスが効いていた証左でもあると思います。
一方、結果として、株主総会において44%の株式を持っている佐野さんの“思うように”なってしまった。株主構成はいかんともしがたいとは言え、取締役として佐野氏が負う「善管注意義務」と照らし合わせると適切な行動だったかどうかは疑問が残ります。
株主総会後は、現在の社外取締役の任務に注目すべきだと思います。社員の8割以上が反対する岩田林平社長の就任をどのような理由で賛成したのか。株価が大幅に下落したのに加え、社員などのステークホルダーの反応を見ていれば、容易に賛成できないのではないでしょうか。こちらも善管注意義務に照らし合わせると、社外取締役の役割に疑問を抱かざるを得ません。
社外取締役の役割というのは一頃に比べて、大きくなってきているのでしょうか。
風早:かつては社長や会長の知り合いだからといった理由で、“お飾り”のような社外取締役を揃えていた会社もあったはずです。今は、依頼する方も、依頼される方もそれなりの覚悟で挑まないといけないようになりました。
そもそもメディアで言われるような「佐野派」「穐田派」というのは、社外取締役について見当違いの見方です。誰が誘ったのか、誰がアポイントしたのかといったことは本来、関係のない世界です。どちらが誘ったにせよ、是々非々で議論できる役割が取締役の役目であるはずです。
そうでなければ、こうした混乱が起きたときに、企業にとっても、社外取締役本人にとってもリスクが高くなるためです。
今回のケースで言えば、クックパッドがこのあと株式市場から評価されず、業績が下がり、それでも社外取締役が現経営体制を支持するとなれば、株主代表訴訟になる可能性もあります。株主だけではなく、社員というステークホルダーの人生にも関わる問題なわけですから、社外取締役の役割は相当大きいと言えます。
社外取締役は経営メンバーに「ノー」と言えるかどうか
株主総会にも参加されたと聞きましたが、どのような印象を持たれましたか。
風早:面白いなと思ったのが、穐田さんが佐野さんをかばっているように見えたことです。これは良い悪いではなくて、日本的な解決を探ろうとしているんだなと思い、印象的でした。また、佐野さんが大株主なのだから何かあれば株主提案をする、ということを改めて言及していたのは少し驚きました。会社を社会の公器として捉えた場合、公の場所でそういう発言をするのは少し怖いな、と思いました。
やはりアナリストから見ると、佐野さんには、理念も大事ですが、具体策を示してほしかったなというのはあります。
セブンイレブンとクックパッドの事例で共通項はありますか。
風早:いずれも社外取締役が社外取締役として期待されている役割を果たしたという点でしょうか。クックパッドの事例では、少なくとも株主総会前までの社外取締役は、論理的な議論をしていたと思います。セブン&アイ・ホールディングスのケースでも、上場企業の持続的な成長に必要となる要素を記した通称「伊藤レポート」の主導者である伊藤邦雄一橋大教授が社外取締役にいて、「いやいや、納得できないものは納得できないですよ」と鈴木敏文会長に言ったわけです。
社外取締役の役割は、ともすれば“社内の常識”になっていることが、“社外の非常識”ないしは“常識的ではない”と明確にものを言えることです。簡単に言えば、経営メンバーに対して、「ノー」と言えるかどうかが重要なのです。
クックパッドの場合は44%を佐野さんが持っていたことで、あのような結果になりましたが、そこまで持っていなければ結果は違っていたかもしれません。
もう1つ感じたのは、外から見れば“お家騒動”のように見えますが、内部で起きているのは「成長スピードのひずみ」なのかもしれないという点です。
オーナーや権力者の成長スピードより、組織の成長が速まったとき。組織がオーナーを追い越してしまう。そうしたときにオーナーや権力者は「俺の会社なんだ」と思ったり、寂しかったり嫉妬したりといった気持ちが少なからず出てきてしまうこともあり得ます。今回の両ケースがどうだったかは預かり知れませんが、そうしたオーナーや権力者と、組織とがどう付き合っていくべきなのか、というのは今後考える余地がありそうです。
今のクックパッドは「非常事態」です
アナリストとして、既にクックパッドの岩田社長とも話をしたとお伺いしました。
風早:インターネットの可能性やクックパッドのビジネスの広がりについて魅力を感じているとおっしゃっていて、モチベーションがあると思いました。穐田さんとも通ずるものがあるかもしれない、と。
一方で、今のクックパッドは「非常事態」です。岩田社長の前職はマッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタント。社長経験はありません。佐野氏、穐田氏は、タイプは違いますが、2人とも強力なリーダーシップがありました。従業員からは、岩田社長が具体的に何をやるのか、従業員に対して何を求めているのか、といったことを強く求められるはずです。それに岩田社長が応えていけるかどうかがポイントになってくると思います。
クックパッドやセブン&アイ・ホールディングスの事例は、株式上場やコーポレートガバナンスについて改めて考えさせられるきっかけとなったかと思います。
風早:まず、どんな制度でも、限界があるし、問題のないシステムはあり得ません。なのでそうした限界ではなく、そこから学べるものが何なのかを考えていきたい。
例えば、今回の件で言えば、上場によるコストですね。例えば、社外取締役や株主との対話について言えば、少なくとも経営メンバーよりは事業のことを細かくは知りません。社外取締役や株主に対して、当然説明が必要です。良い悪いではなく、それを“コスト”と捉えれば上場し続けるのは難しい。説明などせず、経営陣の考え方でスピーディーにやっていきたい、そのスピード感こそ大事だ、というのも一理あって、そうであれば上場をしないという考えだってある。
四半期に一度の決算発表、1年に一度の株主総会、それに伴う準備、そうしたコストも重くのしかかります。
“上場ゴール”という言葉があるように、“金のなる木”には監査法人や証券会社、銀行、ベンチャーキャピタル、あらゆるプレイヤーが寄ってたかってきます。それは仕方がない。要は、企業側が、その目的や成長軌道によって、ステージに合わせた資本市場との付き合い方を見極める力を養えばいいのです。
カルチュアル・コンビニエンス・クラブ(CCC)のように上場を廃止して未上場になって「ハッピー」という会社もあります。一度MBOで上場廃止をしながら、再上場したすかいらーくの例もあります。
新興企業でも上場以外の資金調達の方法で成長している企業も出てきているので、「上場がゴールではない」という経営者は今後増えるはずです。その方が健全ですし、それによってより多様性のある経営者や企業が生まれてくると思います。
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