「これでは、いつまでたっても監査意見を出せないのではないか。東芝の担当監査法人はどこまでやるつもりなのだろうか」。ある監査法人の幹部は首をかしげた。
東芝は4月11日、監査法人の適正意見を得られないまま2016年4~12月期決算を発表した。売上高は前年同期比4%減、最終損益は5325億円の赤字(前年同期は4794億円の赤字)で、ついに2256億円の債務超過となった決算は、かつての名門企業の面影などどこにもないほど無残なものだ。
4月11日に記者会見した東芝の綱川智社長(写真:的野 弘路)
だが、この幹部の目に焼き付いたのは、決算と共に公表された東芝の監査法人、PwCあらたの四半期レビュー報告書(2016年第3四半期)の内容だった。監査意見を不表明とした理由に「実施した調査の評価を継続中」「評価が終了していない調査事項がある」といった言葉が、そこかしこに埋め込まれているのである。
監査法人はなぜ東芝の決算を承認しないのか――。市場の疑問を解くカギがそこに隠されている。
「意見不表明」自体が極めて異例
東芝の16年4~12月期決算の確定作業が混迷した最大の理由は、同社の米原発子会社ウエスチングハウス(WH)の内部統制と決算を巡り、同社と監査法人のPwCあらたの見解が対立したためだ。
PwCあらたは3項目について疑念を持っているとされる。
①WHの経営陣が米原発事業で発生した巨額損失を抑えようと、従業員に「不適切なプレッシャー」を加えたことが発覚した。過去の内部統制にも疑義がある。
②東芝の16年3月期、17年4~9月期決算の適切さに懸念がある。
③WHは15年12月末、米エンジニアリング大手のシカゴ・ブリッジ・アンド・アイアン(CB&I)から、原発工事会社のCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)を買収した。その買収に伴う損失は後にWHに巨額の減損損失をもたらしたが、東芝経営陣の損失認識が遅すぎた可能性がある。買収時期の前後に認識できたのではないか。
といったものだ。まず会計監査の原則論から言えば、こうした疑念があるにせよ、「監査を終えるために必要な資料を会社側に求めても出てこないといった、決算が適正かどうかの判断を出来ないようにする理由がなければ監査意見不表明にはしない」(ある大手監査法人の会計士)と言われる。
「意見不表明」自体が極めて異例な出来事だというのである。
前出の監査法人幹部は、「(S&Wの買収を含めて)東芝の16年3月期決算に疑義があるとすれば、自らの調査結果をもってPwCあらたは当時の担当監査法人(新日本監査法人)と協議し、その監査法人に修正をしてもらう。それから17年3月期決算の監査に入るのがスジ」と指摘する。
その作業をしないと、16年3月期決算の修正からPwCあらた側で手を付けなければならない。さらに、その監査の前提となる同期の期首(15年4月)時点の会計数値も信任出来るかどうか不明となるなど、難しい問題が積み上がることになると言われる。
さらに、S&Wを売却したCB&IやM&Aに関わったファイナンシャルアドバイザーなど、さらに多数の関係者への追加インタビューも必要になるかもしれない。事実上、収拾がつかない状態になるのである。
PwCあらた側は16年3月期に修正の必要がないと認識?
このため、東芝のケースで言えば16年3月期決算に問題があるというはっきりした証拠でもない限り、実態としては調査範囲を広げることはしないと言われる。
この点について、PwCあらた側が確たる証拠を持っているかどうかは不明だ。監査法人の内情を知るある関係者は、「PwCあらた側は東芝の16年3月期について、現時点では修正の必要はないとの認識を新日本に伝えている」と話す。事実なら、PwCあらたがこれまで実施してきた16年3月期決算を含む調査の評価になぜ時間がかかるのか、疑問も残る。
もちろん、東芝の主張もうのみにはできない。「東芝の綱川智社長は、S&Wの買収時に原発建設費用がオーバーしかねないことは理解していたが、コスト削減で補えると考えていたことを認めている。やはり、その見積もりが甘かった可能性はある」(重電業界アナリストの和泉美治氏)からだ。
東芝問題を巡る次の焦点が17年3月期決算であることは言うまでもない。だが、このままでは膨大な数の株主に甚大な影響を与える上場廃止も視野に入る。PwCあらたは、今後の方針について説明する必要があるのではないか。
米原子力事業の巨額損失、大黒柱のフラッシュメモリー事業の“売却”……。かつての名門企業はなぜ、崩壊の危機に瀕してしまったのでしょうか。
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【第5章】 原点はウエスチングハウス
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