これらの二つの命題は、一般に「競争的な市場は受益者の数を最小にする」ことを示唆している。社会にとって検討に値する(上の【二つの条件】を満たす)様々な取引結果の中で、市場メカニズムを司る「見えざる手」は、なんと最も不平等な結果を選んでしまうのだ! 

 話が抽象的で少しややこしくなってきたので、具体的な問題に当てはめて考えてみよう。例えば、政府が政策目標として失業率の低下を掲げているとする。そこで、雇用を増やし失業者を減らすためには、労働市場を競争的にして需要と供給の交点で雇用者数が決まるようにすれば良い、とアドバイスする経済学者がいたとしよう。

 しかし、これは非常にマズい政策提言かもしれない。なぜなら、上述した命題から、競争的な労働市場は勝ち組である雇用者の数を最も少なくしてしまうからだ。

 むしろ競争を減らして、労働者と企業間でより多くのペアが形成されるような環境作りを目指した方が失業率を下げられる可能性がある(どうやって実現すればよいかについてはよく分かりません。と言うとなんだか無責任に聞こえるかもしれませんが、競争的な労働市場を追い求めすぎるとかえって失業率が上がってしまうかもしれないという危険性は注目すべきだと思います)。

 ところで、「パイを最も大きくして、それを最小人数で分かち合う」という競争市場は、見方によっては格差を象徴するメカニズムとも言えるだろう。話の本筋からはやや脱線するが、格差問題を訴える識者やグループが、しばしば市場メカニズムやグローバリゼーションを批判対象としてやり玉にあげるのも、以上の分析を踏まえると案外理にかなっているのかもしれない(ただ、実際には単にイデオロギー的な理由で反対している人たちも少なくないようには感じます…)。

「非効率的」な方が効率的かもしれない?

 架空の財市場を題材にしながら、ここまで延々と「市場の限界」について分析を進めてきた。一つ注意して欲しいのは、限界が明らかとなったのはあくまで理論上の「競争的な市場」であって、現実の市場が競争的かどうか、つまり「市場価格を通じて需要と供給を一致させているかどうか」はまた別の問題である、という点だ。

 少し回りくどい言い方だったかもしれないので、次のように言い直そう。いくら競争市場が格差を生みやすいということが分かっても、現実の市場がこのような理由から格差を生んでいるかどうかまでは分からない。なぜなら、現実の市場には、取引の結果を市場均衡から遠ざける(かもしれない)様々な要因が働いているからだ。

 たとえば、労働市場におけるハローワーク、結婚市場における相談所、財市場における仲買人など、現実の市場には様々なマッチングサービスが存在する。彼らの目的は、市場の余剰を最大化することや、単一の価格を見出して需要と供給を一致させることではないかもしれない。おそらく、自分たちが仲介することによって生じる取引や契約の成立件数を増やすことを(少なくとも短期的な)目標とする場合が多いのではないだろうか。

 実際に、多くの仲介サービスへの支払いは、マッチングがうまくいったかどうかには大きく左右されるものの、成功時に依頼人が受け取る余剰の大きさには比例しない。こうした状況で仲介サービス業者が報酬を最大化しようとするならば、市場で成立する取引の数、つまり勝ち組の数をできるだけ増やそうとするインセンティブが働くだろう。

 その結果、仲介役として彼らが間に入ることによって、市場で実現されるマッチング結果は、市場均衡ではなく、それよりも多くのペアを生み出すより平等なものとなる可能性がある。そうだとすると、仲介サービスの存在が仮に市場均衡の成立を妨げていたとしても、「(経済学的な)非効率性を生む改善すべきサービス」と捉えるべきかどうかは大いに怪しい。

 こうした二分法の思考から自然と出てくるような見方ではなく、むしろ競争的な市場のもとでは取引相手が見つからないような、「潜在的な負け組を救っている優れたサービス」と見る方が妥当かもしれない。

 市場メカニズムによる「見えざる手」が生み出す格差を、仲介サービスという現実の「見える手」が抑え込んでいる。同様に、今まで非効率とばかり考えられていた制度や慣習なども、ひょっとすると平等性を高める「見える手」として重要な機能を担っているかもしれない――。

 こんな見方も、本稿が明らかにした効率性と平等性のトレードオフから生まれてくるだろう。再分配が可能であることを前提とした二分法の世界を離れて、この新たなトレードオフを考慮した経済分析、政策提言を行う経済学者が増えてくると、市場や経済の見方が大きく変わっていくかもしれない。

 今後、そうした大きな変革が起きることを期待しつつ、ひとまずは筆をおくことにしたい(小難しい論考を最後まで読んでくださった読者の皆様、どうもありがとうございました)。

■変更履歴

2ページ目冒頭「売り手を財に対する金銭的な評価額(価値)の高い順に~」は「買い手を財に対する金銭的な評価額(価値)の高い順に~」の誤りでした。訂正します。本文は修正済です。[2016/03/21 13:04]