“不動産王”が投下した爆弾が波紋を広げている。
米大統領選における共和党候補指名争いで首位を快走しているドナルド・トランプ氏。「メキシコ国境に壁を作れ」など過激な言動で知られるが、3月26日に米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)で掲載されたインタビューで、日米関係の礎である日米安全保障条約の見直しについて持論を展開した。
トランプ氏は、日本が駐留経費負担を大幅に増やさない限り、在日米軍を撤退させる可能性を示唆した(写真:AP/アフロ)
「米国が攻撃を受けても日本は何もしないが、日本が攻撃を受ければ米国は全力で駆けつけなければならない。これはかなり片務的な条約だ」。さらに、大統領に就任した際には、日本が駐留経費負担を大幅に増やさない限り、在日米軍を撤退させる可能性を示唆した。また、「日本が核武装することはそれほど悪いことではない」と、日本の核保有についても容認する姿勢を見せている。
日米安保に爆弾を投下したトランプ氏
これまでトランプ氏は安保条約の不公平感については言及していたが、安全保障や対日外交について具体的に述べたことはあまりない。米軍撤退に触れたのも初めて。それだけに、日本政府関係者に衝撃が走った。菅義偉官房長官は「政府としてコメントを控える」と述べた上で、「日米安保体制を中核とする日米同盟は我が国の基軸。米国と緊密に連携していくことに変わりない」とコメントしている。
トランプ氏がスーパーチューズデーで大勝を収めた直後、ワシントンの日系企業関係者と同氏の対日戦略について議論したことがある。結論から言えば、政策と言えるような政策を提示しておらず、経済面や外交面で日本に対してどういうスタンスを取るのか、材料がなさ過ぎて判断できないという話に終わった。ただ、その時に企業関係者が分析したトランプ氏の“思考パターン”が今回の見直し発言の底流にあるように思う。それは「ディール」と「ゼロサム」だ。
実業家のトランプ氏は1970年代以降、トランプタワーをはじめとするマンハッタンの再開発やカジノ建設などのビッグディールをいくつも実現させてきた。その一端は、1987年に出版した『The Art of Deal』に詳しい。これは、トランプ氏のビジネスにおける鉄則や成功の裏側をつまびらかにした自伝で、彼が数々の不動産取引をいかに成功に導いてきたのかが描かれている。
“優れたディールメーカー”の本質
トランプ氏自身、今回の指名レースで自身を偉大なるディールメーカー(取引交渉者)と位置づけ、自分であれば米国を再び偉大な国にできると喧伝している。だが、ディールという言葉を突き詰めればいかに有利な条件でビジネスを展開するかという話であり、優れたディールメーカーとは、押したり引いたり駆け引きを駆使して最も有利な条件でビジネスを進められる人間のことだ。
今回の在日米軍の撤退についても「ディール」という切り口で捉えることができる。在日米軍は米国のアジア戦略の要であり、負担の多寡で存在意義を語るべきではないが、物事を交渉と捉えてなるべく有利な条件を引き出そうとする彼の考え方が色濃く表われているように見える。
もう一つのゼロサムは、失ったものを取り返すという思想だ。
トランプ氏が商標登録している選挙スローガン、“Make America Great Again”は米国を再び偉大な国にするという彼の強烈なメッセージである。だが、足元を見れば、米国が偉大な国に返り咲く材料はあまりない。
「パイの奪い合い」の結果としての偉大な米国
シェール革命で米国は原油自給の道を切り開いたが、足元の原油安でシェール関連企業は死屍累々の山を築いている。財政悪化も頭痛の種で、世界の警察官として影響力を行使したのも昔の話だ。そもそも米国民自体が政府に、外交面で影響力を行使することよりも、経済など国内問題を解決することを望んでいる。
その状況下で、偉大な米国を取り戻そうと思えば、どうしてもパイの奪い合いにならざるを得ない。奪われた雇用をメキシコや中国から取り戻せ、巨額の貿易黒字を中国や日本から取り戻せ--。その発想は、貿易を通じてウィンウィンを追求するというよりもゼロサムに近い。ウィンウィンという発想そのものに疑問が呈されているという面もあるのだが…。
「トランプ氏が大統領になれば、ギブアンドテイクの面が強まるだろう。日本にとっていいことはほとんどないと思う」と先の企業関係者は語っていた。今回の在日米軍撤退発言にどれだけ深い意図があるのかは分からないが、ディールメーカー、トランプ氏が大統領になれば、この手の牽制球が続くのかもしれない。
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