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日米FTAは譲歩なのか?

 昨年10月に、今年前半は日米FTA交渉に焦点が当たると予想したが、どうもその様相を呈してきたようだ。(参照:どうなる?トランプ訪日と日米FTA交渉)日米経済対話での協議は事実上、日米FTAの交渉を開始しているようなものだ。これを日米FTAと呼ぶかどうかは本来、二次的な問題だ。米国は日米経済対話がいずれ日米FTAにつながっていくことを念頭にスタートしている。それは、ペンス副大統領の発言からも明らかだ。

 これまでのトランプ政権はまずNAFTA、米韓FTAの再交渉に取り組む必要があった。手一杯の米国側に準備ができていないので、日米FTA交渉を始めるタイミングではないとの判断であった。そうしたトランプ政権内の状況は今も変わっていない。

 農産物、自動車という米国が取り上げるテーマも、単にこれまでの決まり文句を繰り返しているだけで、政権内で中身を詰めた形跡はまるでない。特に自動車問題は米国のビッグスリーが日本市場を諦めて撤退し、欧州からの輸入車が伸びている今日でも、かつての日本市場の閉鎖性を言い続けているのは滑稽でさえある。何を具体的に要求したらよいかも分かっていない。従って、具体的に何をしたいのか、要求内容を明確にさせることが先決だろう。

 日本側も受け身であってはいけない。特に貿易・投資のルール作りの分野で、日米間でどういう内容のものを志向するか、アイデアを煮詰める必要がある。

 他方、問題は日本の国内に抵抗感が根強いことだ。農水省は、農畜産物の市場開放で環太平洋経済連携協定(TPP)以上の譲歩を強いられることを懸念している。財務省は、通貨安誘導を防止する為替条項は通貨政策を制約しかねないので、これを持ち出されることを懸念している。

 そうした懸念ももちろん理解できるし、当然だろう。しかし、いずれ米国から日米FTAのボールを投げられれば、日本としては拒否する選択肢はないのではないか。いつまでも受け身で守り一辺倒の発想はそろそろ卒業すべきだ。

 日米経済対話という仕掛けはトランプ政権発足当初の1年前の首脳会談では、絶妙のアイデアであった。しかし1年経って、トランプ氏から「先送りの仕掛け」「ガス抜きの仕掛け」と見られては、このままでいいわけがない。現状を一歩進めて、日米FTAに向けての何らかの工夫が必要だろう。

 農畜産物についてはTPP合意以上の関税引き下げはあり得ない、為替条項の受け入れは不可、といった絶対に譲れないボトムラインがあるのも事実だ。そうした「実」を取ったうえで、「日米FTA」という「名」を譲るという選択肢もあり得るのではないだろうか。トランプ氏にとって大事なのは、何らかの成果の「形」だ。

 その中には懸念される中国の国家資本主義の動きに対する歯止めを狙って、そうしたルール作りを日米共同で盛り込むという、日米共通の「実」を取ることもできよう。