覚せい剤取締法違反の罪で起訴された清原和博被告が3月17日に保釈された。2月の逮捕後、「芋づる式に有名人逮捕者が出る」とも報じられていたが、現時点で大物逮捕の続報はない。元検察官は「それもそのはずだ」という。一体、なぜなのか。
清原和博被告はかつてのファンの期待に応えて薬物依存から抜け出せるか(写真:Koji Watanabe/Getty Images、撮影は2009年3月)
覚せい剤取締法違反(所持、使用)罪で起訴された元プロ野球選手、清原和博被告が3月17日に保釈された。逮捕から44日ぶり。保釈後、清原被告は糖尿病の治療のため千葉県内の病院に直行し、入院した。
この先、清原被告は薬物依存から抜け出せるのか。高校時代のKKコンビの輝かし過ぎるほどの活躍をリアルタイムで見てきた筆者は、どうにか立ち直ってほしいとの思いが強い。だが、薬物依存からの復帰はそうたやすくはないだろう。
というのも、薬物依存はれっきとした精神疾患だからだ。2月の逮捕を受けて、筆者は薬物依存症研究の第一人者の医師にインタビューを行っており、薬物依存症の実態について、詳しく知ることができた。
覚醒剤を使い始めるきっかけは人によって様々だが、最初は多くの場合、使い方のコントロールができている。けれどそのうち依存性が高まって、コントロールが利かなくなり、止めたくても止められなくなってしまうという。
この話を聞いた際、筆者の頭の中には「清原はもっと早く逮捕されていれば、病気の悪化を招かなかったのでは」との思いがよぎった。清原被告は、覚醒剤の使用・所持に関して少なくとも1年以上警察の内偵捜査を受けており、薬物使用疑惑を警察が把握していたのはさらに数年遡るとも言われる。にもかかわらず、警察はなぜ早々に逮捕に踏み切らなかったのか。覚醒剤の使用仲間や売人、元締めも捕まえようとして、清原被告を泳がせていた可能性も十分あるのではないか。筆者はそう感じたのだ。
そんな疑問を警視庁関係者にぶつけたところ、思わぬ答えが返ってきた。
「警察は検察の出先機関でしかない。特に、重大事件や大物が絡む案件は、検察官が『逮捕していい』というゴーサインを出さない限り、警察は逮捕できない」
一般に、犯罪が発生した場合、警察が第一義的に捜査を行い、犯罪を起こした被疑者を発見、逮捕し、取り調べを実施して、被疑者の身柄と証拠などを検察に送る。その後、検察が警察の集めた証拠を検証したり、改めて取り調べなどを行ったりしたうえで、最終的に起訴するかどうかを決定する。
警察と検察の間で暗黙の了解
この流れに間違いはない。けれど、「重大事件や大物が絡む案件となると、だいぶ様相が変わってくる」というのが、警視庁関係者の話だった。
実のところはどうなのか。東京地方検察庁などでの勤務を経て、現在は弁護士を務める元検察官から詳しい事情を聴くことができた。東京地検時代は、警視庁の捜査一課(殺人、強盗、暴行、傷害などの凶悪犯罪を担当)案件や、薬物事犯を数多く担当していたキャリアの持ち主だ。
* * *
警視庁関係者から、今回の清原事件のように有名人が関わる事件になると、警察は検察の許可なしに逮捕に踏み切れないといったことを聞いた。
元検察官:その通り。凶悪事件や大物・有名人が絡む事件は、マスコミで大々的に報じられ、世間に与える影響も大きいので、取り調べ機関としては失敗できない事件ということになる。そういう事件に関しては、警察官から、あらかじめ着手、着手というのは逮捕やガサ(捜索・差し押さえ)のことだが、その前に、検事にそれまでの事情・状況などを説明して、了解をもらいに来るようになっている。
そういう決まりなりルールがあるのか。
元検察官:いや、暗黙の了解というところ。警察官から報告を受けた検事が「では、着手していい」と言わない限り、警察の方で裁判所に逮捕状の請求も勝手にしたらダメ、ということになっている。
どのような状態ならOKとのゴーサインを出すのか。
元検察官:検事としてはきちんと起訴して有罪にできるのかどうか、失敗しないためにはどういう証拠がいるのか、その証拠はどうやったら集められるのかということを考えて、警察官に対し、「不足しているこういう証拠を集めてほしい」と伝え、それがそろったらゴーサインを出す。
清原・元選手の場合で言えば、現場に踏み込んだら、確実に身柄が取れ、覚醒剤の尿反応も出る。また、覚醒剤所持の観点から、ある程度の量のブツ(覚醒剤)も持っている。そうしたことの蓋然性が極めて高い状況であったから、検事はゴーサインを出したと考えられる。
相当確度の高い情報・証拠を集めていたということになる。
元検察官:そう。薬物事犯の証拠集めでよくある手は、自宅や滞在先から出たごみの確認。ごみを押収してきて、中身を確認し、吸引に使ったパイプやアルミ箔についた燃えカス、注射使用の際に使ったコットンやティッシュなどがないかを調べる。
ただ、それで覚醒剤を使用していることが分かっても、ごみだけであればいつ使ったのかは分からない。鑑定の結果が出る頃には、覚醒剤を使い終えて何日か経った後かもしれず、そうなると、踏み込んだとしても何も証拠がないということも十分にあり得る。
元検察官:そのため各種証拠の地道な積み上げ作業が必要になる。例えば、日頃から行動パターンを把握し、その過程で、どうもあの辺りに何の用事もないのによく通っているのは、ブツを購入しに行っているに違いないと見立てる。そこから、その場所にどんなスパンで通っているのかを把握する。
それで、もし同じ場所に昨日行っているとなれば、今日ならまだブツを恐らく全部使いきっていないだろうということになる。
覚醒剤使用者は購入したらすぐ使う。薬が切れかかっているから買いにいくわけで、購入したらすぐ使ってしまうので、ブツを購入しに行ったことにかなりの蓋然性があった場合、翌日ガサに入れば、覚醒剤を持っていて、かつ体の中に覚醒剤が入った状態と言える。
被疑者の自宅への出入りの状況は、マンションなどであれば、よく玄関前に隠しカメラを設置するなどして確認している。なお、自宅などに警察官が踏み込む場合は、鍵師も一緒に連れて、すぐに鍵を開けてもらえるような状況にして入ることが多い。捜索・差し押さえをするのに、玄関を閉められたままでは、相手に罪証(犯罪の証拠)を隠滅する時間を与えてしまうからだ。鍵を開けるのは捜査令状(捜索差押許可状)の必要な処分として認められている。
検察は常に裁判を踏まえて事件を捉える
証拠の重要性は分かったが、犯人逮捕が警察の役割である以上、警察はできれば早く逮捕に踏み切りたいのではないか。
元検察官:基本的に早く逮捕したい傾向は強い。その背景には、事件は次から次に起きているわけで、特定の事件に多くの捜査員を投入している体制を組み続けるのが厳しいといった事情がある。
だが、証拠が不十分なまま逮捕すれば、結局、嫌疑不十分で不起訴となってしまう可能性がある。罪を犯した人には必ずきちんと責任をとってもらわなければならず、逃げ得は許されないはずだ。
検事は警察と違って裁判を知っている。公判にも立っているので、裁判でどういう争いをされたらどこが困るか、あるいはどういうことを論告で言うかなど、常に裁判を踏まえて事件を捉えている。
とにかく検察にとって失敗できない事件は、証拠の積み上げのために捜査が長期に及びがちになる。
となると、有名人の「芋づる式逮捕」はそうたやすくないと理解していいのか。
元検察官:そういうことになる。
ちなみに、警察と検察の関係で、殺人事件については、他殺が疑われる遺体が発見された段階で警察官から検事の携帯に電話がかっかてくる。そのため検事は24時間携帯電話を放さない。連絡があれば、検事はすぐに現場に行き、状況を確認。遺体を解剖するか検死するかの判断は検事が下し、解剖や検死にも立ち会う。その間、警察では捜査本部が立っていたりするので、検事は、警察官から現在どういう状況まで分かっていて、これからどんな捜査をする予定なのか報告を受ける。その上で「こういうことを調べてほしい」と注文をつける。
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薬物依存は自己責任だが…
今回の清原事件に顕著だが、有名人が関わる事件は確かに社会的反響が大きい。それゆえ、検察としても起訴や有罪の獲得に向けて万全を期す必要があり、警察の捜査や逮捕も相当に慎重な姿勢になるのだろう。
とはいえ、長期にわたる捜査期間中、清原・元選手の薬物依存症が悪化した可能性は高い。そんなのは自己責任だと言ってしまえばそれまでだ。そもそも、覚醒剤の使用は本人がやり始めたことであり、いたずらにずるずると続けていたから捕まってしまっただけの話ではある。
しかし、ずるずると続けたのが「病」のせいであるならば、やはり速やかに治療に結びつけられることが肝心なのではないかと筆者は感じている。
米国では規制薬物の使用者に対して、「ドラッグ・コート」と呼ばれる、通常の刑事司法手続きとは異なる裁判制度がある。これは、規制薬物使用者が、司法の監督下で、薬物依存から回復するための治療プログラムを受けて効果を上げれば、刑罰を科さないというもの。米国では既に浸透しているが、日本では専門家らによる研究段階で、導入の見通しは立っていない。
規制薬物に対する依存症患者の放置は、罪を犯す人が増えるのを待つに等しく、そのまま再犯が繰り返されるようなら社会的損失も大きい。
日本の違法薬物の「取り締まり」は世界一の水準と言われる。それでも、違法薬物に手を染める人間は後を絶たない。そうである以上、刑罰に頼らぬ薬物政策も考えるべき時期に来ているとは言えないか。
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