労働法違反への監督体制強化

 従来の労働基準監督業務は、危険な作業の多い建設・運輸等の産業や賃金の未払いがある中小企業に重点が置かれていた。しかし、今後の焦点となる残業時間の規制対象は、大企業も含む一般の事務所であり、監督の対象範囲が大幅に広がる。労働時間の上限規制が強化されても、それを取り締まる監督体制が整備されなければ絵に描いた餅となる。

 労働基準監督官が不足するならその増員を図れば良い筈だ。しかし平成28年度の労働基準監督官数は全国で3241人に過ぎず、ILO(国際労働機関)が求める雇用者1万人に1人の最低基準を満たすには約2000人も不足しており、毎年数十人の増員では焼け石に水である。とくに多くの事業所が集中する東京都23区では、監督官一人が約3000の事業所を担当するという試算もある。

 公務員の不足は他の取り締まり官庁でも共通の課題である。これに対して警察庁では駐車違反の取り締まり業務の民間活用を、また法務省では民間の警備会社等と共同の刑務所運営など、各々、人手不足を補う知恵を絞ってきた。これらと同様に、労働基準監督官の定期監査の一部を、法律で公務員と類似の権限と義務を与えた社会保険労務士等、民間の専門家に委託することが政府の規制改革会議から提案された。これは監督官が、労働者からの申告にもとづく、より緊急性の高い監査に重点を置けるようにすることが狙いとなっているが、厚生労働省側は消極的である。

 監督官の役割は取り締まりだけでなく、賃金や労働時間等、企業に対する労務管理の適切なあり方の指導も含まれ、社会保険労務士の果たす役割と重なる面が多い。これは国税庁と納税の適正化を指導する税理士との関係や、企業会計を監査する会計士の役割とも共通した面がある。こうした労働基準監督業務の民間活用を積極的に進めることを通じて、ただでさえ不足している労働基準監督官の監査の効率化と労働者保護の実効化に役立てることに真剣に取り組むべきだ。

時間に囚われない働き方へ

 残業時間に割増賃金を支払う現行の規制は、労働者が1時間余分に働けば、それに見合った量の製品が必ず生産される集団的な工場労働を暗黙の前提としている。ここでの残業手当は、追加的な報酬だけでなく労働者の疲労という労働コストの増加に見合ったペナルティーを使用者に科すことで、その乱用を防ぐことに意味がある。

 しかし、個人単位で多様な質の高いサービスが期待される研究者やプロジェクトの企画者等の高度専門的な業務では、労働時間の長さよりもアウトプットの質が重視される。ここで工場労働のような残業手当を支給すれば、不公平なだけでなくモラルハザードを引き起こし易い。このため上司の具体的な指示なしに働く高度専門職には、労働時間の規制を除外する「ホワイトカラー・エグゼンプション」が欧米では一般的である。

 日本でも特定の専門職について実際に働いた時間の長さを考慮しない「裁量労働制」が設けられている。しかし、自由に働く時間を選べる職種であるにもかかわらず、「深夜・休日労働には割増残業代の支払義務」という規制が厳格に定められていることが欧米との大きな違いである。