連続テロを受けて警戒態勢のジャカルタ市街 (写真:ロイター/アフロ)
東南アジア諸国が、ISの脅威に対して今まで以上に強い懸念を抱くようになっている。直接のきっかけは、1月にISが犯行を認めたジャカルタ連続テロ事件だ。
和田 大樹(わだ・だいじゅ) オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー。1982年生まれ。専門は国際政治学、国際安全保障論、国際テロリズム、政治リスク分析、危機管理。清和大学と岐阜女子大学でそれぞれ講師、研究員を務める一方、東京財団やオオコシセキュリティコンサルタンツで研究、アドバイス業務に従事。2014年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。著書に『テロ・誘拐・脅迫 海外リスクの実態と対策』(2015年7月 同文舘出版)。The Counter Terrorist Magazine”(SSI, 米フロリダ)や “Counter Terrorist Trends and Analysis”(ICPVTR,シンガポール)などの国際学術ジャーナルをはじめ、学会誌や専門誌などに論文を多数発表。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会、日本国際政治学会など。
筆者は2月中旬に国際会議への参加のためインド・ジャイプールを訪れた。インドのムスリム人口は約1億8000万人とされ、2008年11月のムンバイ同時多発テロに代表されるように、イスラム過激派によるテロの脅威は長年インド当局を悩ます種となっている。現在のところ、インド国内でISに忠誠を誓う組織が台頭したとの報道は出ていないが、ISの各地域への浸透は、インドの安全保障にも直接的な影響を与えかねない。
インドに約1週間滞在することになった筆者が最も驚きを受けたのは、ニューデリー・インディラガンディ国際空港における厳重な警備だ。
空港警備が厳重になるのは、2001年の9.11同時多発テロ以降珍しい話ではない。しかし「1度ターミナル内へ入ると再度外へ出ることが(原則)できない」というのは筆者には初体験だった。一般的に国際線に搭乗する際には、2時間前を目途に搭乗手続きを済ませ、それから手荷物・身体の保安検査、出国審査、飛行機への搭乗となるが、たとえ空港関係者や搭乗予定者以外の人であっても、保安検査場の手前までは出入りできる。しかし今回東京への帰路で経験したのは、「空港関係者や搭乗予定者でなければそもそもターミナル内に入れない。つまり、一度入ったら、もう目的地の空港へ行くしかない」というものだった。
そういうことなので、空港ターミナルへ入るには、警備員(武装した者もいる)にパスポートとEチケットを提示する事が必須となっている。慣れない体験に戸惑ったが、日本に帰国し冷静に考えると、それは昨今の国際テロ情勢や、航空テロリズムの歴史などからも十分に理解できるものだ。
航空テロ事件の歴史
ここで、航空テロの歴史を振り返ってみよう。
旅客機が乗っ取られるテロ事件と言えばすぐ9.11同時多発テロが思い浮かぶ。確かに歴史上最悪の航空テロ事件だったが、ご存じの通り20世紀にも数々の航空テロ事件は発生している。
たとえば1994年12月のマニラ発成田行きのフィリピン航空機爆破事件(成田へ向かう最中、沖縄県の南大東島付近上空で爆発し、日本人男性1人が死亡。同機は那覇空港へ緊急着陸した。犯人はアルカイダメンバーのラムジュ・ユセフ)、1988年12月のロッカービー事件(フランクフルト発デトロイト行きのパンアメリカン航空機がスコットランド上空で爆発し、乗員乗客270人全員が死亡。事件には当時のリビア政府が関与)、1987年11月の大韓航空機爆破事件(アブダビからバンコクへ向かう最中、北朝鮮の工作員2人が仕掛けた爆弾が爆発し、乗客乗員105人全員死亡)などだ。
20世紀の航空テロの特徴を挙げるとすれば、国家・政府が関与する事件が比較的多かったことだろう。
9.11同時多発テロ以降は、国際的な航空テロ対策が本格的に強化され、またテロリストの動きも厳重に監視されるようになり、航空機を標的とした大規模テロを実行する事は以前よりかなり難しくなった。意外に思われるかもしれないが、そもそも非国家主体であるテロリストグループにとって、大規模なテロを実行する事は、組織的にも財政的にもそう簡単なことではない。
それを実行する意思と能力を持ち続けているのが、アルカイダなどの一部のグループだ。例えば2006年8月には、ロンドンヒースロー国際空港から米国やカナダへ向かう複数の便をハイジャックし、爆破する計画をロンドン警視庁が未然に阻止する事件があった。この事件ではアルカイダとの関連が疑われるメンバー20人以上が逮捕され、その大半はイギリス生まれのパキスタン系英国人だった。
他にも、米国への攻撃を繰り返し試みるようになったアルカイダの支部の1つ、イエメンを拠点とするアラビア半島のアルカイダ(AQAP)による、イエメンで訓練を受けたナイジェリア人ウマル・ファルーク・アブドルムタラブによるアムステルダム発デトロイト行きのデルタ機を狙った未遂テロ(2009年12月)、イエメン発米国行きの貨物輸送機に乗せたプリンターのカートリッジに爆薬が隠されていた爆破未遂テロ(2010年10月) などを挙げることができる。
このAQAPをはじめ、依然としてアルカイダの支部が各地で活動する中(組織としてのアルカイダ中枢は弱体化したが、そのブランドやイデオロギーは依然として拡散状態にある)、ISは2014年6月の一方的な建国宣言以降、約2年間にわたりシリア・イラクに跨って実効支配を維持し、また各地にISの支部が拡散的に台頭するなど、国際テロ情勢は今までになく複雑になっている。
その中での航空テロ事件としては、2015年10月のエジプト・シャルムエルシェイク発サンクトペテルブルク行きのロシア民間機爆破事件、2016年2月のソマリア・モガデシュ発ジブチ行きのダーロ航空機内爆発事件が挙げられる。アルカイダと同じようにISも欧米やその同盟諸国への敵意を強く示すようになっており、今後も中東やアフリカなど過激派の現地から欧米諸国へ向かう航空機は格好の標的であり続ける。
インサイダーテロリズムの懸念
そして上記の2つのケースから、最近の航空テロで懸念されるポイントとして、「インサイダーテロリズム」がある。
直訳すれば「内部者によるテロ」となるが、要はテロを起こす前にテロ攻撃の対象となる物にアクセスできる者(空港職員など)をリクルートして味方につけ、その者を利用して機内に爆発物や武器を持ち込むなどして、テロを実行するのだ。
インサイダーテロリズムは、手口としては新しいものではない。だが、インターネットで自らの存在をアピールし続けたことによって、ISなどはある意味で“ブランド”的な知名度を獲得しており、自らの主張を理解させやすくなっている。それだけで内部協力者をリクルートできる可能性は拡がっていると考えられる。
この手法が恐ろしいのは、上手く機能してしまった場合、ハイテクを駆使してテロ対策を実施しようとも、その裏口を抜けられてしまうのだ。実際に、ISのシナイ州を名乗るグループがテロ事件当日の前にシャルムエルシェイク空港の職員2人を味方につけ、爆破装置の機内への持ち込みに加担したとみられ、先に紹介したソマリアのケースでも、爆弾が仕掛けられていたノートパソコンを実行犯の男に手渡したとして空港職員2人が逮捕されている。
テロ対策は「リスクを下げる」視点が重要
このような航空テロの歴史と現状を振り返ると、筆者がインディラガンディ国際空港で経験した事は、セキュリティ上当然のことであろう。日本国内では考えにくいが、インドではパキスタンや国内のイスラム過激派によるテロが繰り返し起こっており、さらには隣国のパキスタンとバングラデシュではIS支部の台頭が報道されていることから、インド当局はそれら諸国との具体的な出入口となる国際空港などで厳重なテロ警備を行っている。
もちろん、インディラガンディ空港でのこの対策が、インサイダーテロリズムを初めとする航空テロを完全に封じ込められるわけではない。
しかし、そもそもテロ対策とは完全に防止するのではなく、そのリスクを下げることに現実的な有益性がある。旅行客以外が出入りできなくする(入ったら出られなくする)だけでも、テロリストがターミナル内にアクセスするリスクを下げるという意味では非常に効果的と言える。例えば空港職員とテロ協力者との具体的な接触、ターミナル内での自爆テロなどを防止する上でも有効な手段である(2011年のモスクワ・ドモジェドボ国際空港テロのように、ターミナル内で発生すれば人質はより多国籍となり、国際的なインパクトを持たせられる。また、テロが発生した国と犠牲者の国家などとの間に外交的な摩擦を生じさせることも期待できる)。
これを含んだ一連のテロ対策について、インド当局者と意見を交わしたが、インドはインディアンムジャヒディン(インド国内のイスラム過激派)などの国内的要因、そしてパキスタンやアフガニスタンなどテロリストの温床となっている国との航空機の往来があることから、常にテロの潜在的な脅威にさらされており、このような厳重なテロ対策が重要だと語っていた。
サミットやオリンピックのホスト国となる日本にとっても、これは決して対岸の火事ではない。
以前この日経ビジネスの記事でも触れたが(「日本でイスラム国(IS)のテロは起こるのか」)、昨今のアルカイダやISなどのテロは、脱国家、トランスナショナル化しており、中東やアフリカで起こっている同種のテロが、このようなタイミングに合わせて日本国内で発生しても全く不思議ではない。
もちろん大規模な自爆テロなどが起こることは、欧米や中東と比較すると可能性としては低い。だが、決してゼロではない。そして仮に小規模でも事件が発生すると、それは単に日本国内だけの治安問題では終わらず、中東やアフリカにあるISやアルカイダ、またそれらに影響されるジハーディストのモチベーションを向上させかねない。
日本も積極的な対策を
科学技術が進化するように、テロリストもその手法を進化させることから、時代の変化に伴って変化するリスクについて、日本も積極的に対策を講じていくことが求められている。最後に今後サミットやラグビーワールドカップ、東京オリンピックなど世界的イベントを主催する日本が想定しておくべきテロ防止策についていくつか提言したい。
1.差し迫った脅威がある場合には、空港職員、飛行機搭乗者以外のターミナル内へのアクセスを制限する。
2.空港職員、乗務員(操縦士、客室乗務員)への実習(テロ情勢の現状)、訓練(テロ対策)を強化する。
3.外国人の入国と滞在に際して、テロリストの活動が深刻化している国(シリア、イラクなど)への渡航歴がある者などへのビザ発給、入国審査の厳格化を試みる(昨今米国はビザ発給の厳格化を日本にも適応している)。
4.昨今外国人観光客の増加に伴う、民泊施設の監視強化(テロリストのアジト化を防ぐため)。
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