3月12日、第4局。通常のタイトル戦の五番勝負なら、存在しないはずの対局だ。負けが決まっているにもかかわらず、世界中から注目を浴びながら対局に臨む李九段の心境はいかばかりか。

 序盤から李九段が劣勢となる。この碁も負けかと思いながら、解説を続けるほかなかった。ところが、中盤で李九段が放った勝負手を契機に、アルファ碁が思いもよらぬ脆さを見せることになる。

第4局で李世ドル九段が放った「勝負手」。これで貴重な1勝をもぎとった
第4局で李世ドル九段が放った「勝負手」。これで貴重な1勝をもぎとった

 78手目の「ワリコミ」と呼ばれる手だ。迫力満点の手だが、実は人間同士の対局であればそれほど怖い手とは言えない。既に黒(アルファ碁)の優位は揺るぎない状況になってしまっているため、リスクを犯さずに妥協しても白はお手上げだ。

 ところが、アルファ碁は対応を誤った。そして、その後、初心者のような手を次々に出し始めて一気に形勢を損ねていった。文字通り人外の強さを誇ってきたアルファ碁に、一体何が起きたのだろうか。

突然アルファ碁が級位者レベルに

 もちろん、正確なところはアルファ碁の中を覗いてみなければ分からない。だが、私はこの局面特有の状況が、コンピューターのキャパシティーを超えたのではないかと推測している。

 李九段のワリコミに正確に対応するには、左右にある弱点を考慮しながら正解手順を読み切ることが必要だ。トッププロにとっては十分に可能な作業だし、もし危なそうなら妥協すればよい。だが、アルファ碁にはどちらの着手も選択することができなかった。

 そして、現時点で不利な状況に陥っているとアルファ碁が判断した時から、別人のようになった。まるで初心者のような手を打ち出し、損を重ねていったのだ。そして、李九段は唯一の勝利を手に入れることになった。

形勢不利を悟った瞬間、アルファ碁が級位者レベルの手を連発するように。この手はそのすぐ上に白に打たれるとただ取られるだけで、実戦もそうなった。明らかに損な手だ
形勢不利を悟った瞬間、アルファ碁が級位者レベルの手を連発するように。この手はそのすぐ上に白に打たれるとただ取られるだけで、実戦もそうなった。明らかに損な手だ

 どんな状況でも諦めない、不撓不屈の精神力で活路を見出した、李九段の凄みをまざまざと見せつけた一局だった。自分のことのように嬉しさがこみ上げた。

 3月15日の第5局の結果は、ご存じの通りだ。アルファ碁が序盤で見損じをしてやや形勢を損じたが、第4局のような弱点は出ず僅差の勝負の中でミスなく打ち切った。

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