欧米企業も「女性取締役の増加は難しい」とかつては主張していたが…(写真:andreypopov/123RF 写真素材)
今年は取締役会の多様性に向けた大きな転換期となる。今春のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)改定では、上場企業に対して社外取締役を3分の1に増やすことを求めるだけでなく、1人以上の女性取締役登用を促し、取締役に女性を含まない企業には説明責任が伴うこととなる。日本の上場企業の監査役を含んだ女性役員の割合は2017年で3.7%と先進国の中でほぼ最下位の水準であり、企業は女性取締役候補探しにさらに追われることとなりそうだ。本稿では我々の調査・分析結果をもとに、欧州での現状をふまえ、最近の女性役員に関する動向を提示したい。
2015年以降、女性社外役員数の増加の傾向が高まっている。2012年の女性役員の割合は1.6%に過ぎなかったが、5年間で2倍以上の水準となった。これは、コーポレートガバナンス・コード導入により社外取締役2人以上の起用が上場企業に要請されたこと、そして、有価証券報告書に女性役員の状況の情報開示が義務化されたことの影響と考えられる。
⼥性社外役員には男性以上に学者と弁護⼠が多い
女性社外役員のバックグラウンドを分析すると、男性役員に比べて学者と弁護士の割合が高い。これは、ビジネス経験のある女性の数が少ないため、他の企業から招聘されることが多い男性社外取締役に比べ、女性社外取締役では専門職の女性が起用される割合が高くなっていることが一因であろう。しかし、任命させる女性役員のバックグランドに企業間で差があり、女性の役員候補者の少なさだけでは説明できない傾向もある。
それでは、企業の特性と女性社外役員にどのような関係が見られるだろうか。株式所有構成と社長の特性に関して分析した結果、次のことが分かった。まず、経営者・役員の持株比率が高いと、ビジネス経験のある他企業からの女性役員の任命を避ける傾向が強まることが示された。このような企業では既存の役員が株式所有による意思決定の力を保つため、そのプロセスを乱さないと思われる女性役員を選んでいる可能性が考えられる。つまり、専門職の女性を任命することで、専門知識に関する発言に徹してもらい、これまでの取締役会のパワーバランスを保っているとも推測される。
社長の年齢が高いと、女性役員の任命は避ける傾向
社長の年齢が高いと女性社外役員を任命する傾向は低下することも分かった。年齢の高い社長は今までの取締役会の意思決定方法に固執する傾向が高く、女性役員という未知の人材を受け入れることが難しいためかと推察される。最高経営責任者の年齢が高いほど戦略の転換を行わない傾向があることが先行研究でも指摘されており、女性役員登用に関しても変化を好まないという点で整合的な結果である。
社外役員比率が高い企業は、他企業からビジネス経験のある女性や、専門職の女性まで、様々なバックグランドの女性役員を採用する傾向にあり、それは「スキルマトリックス」の考えに基づくと考えられる。スキルマトリックスとは、取締役会の全メンバーのスキルを詳細に分類して、それぞれが持つスキルが他の役員のスキルと補完関係を形成するように構成メンバーを選ぶアプローチで、海外のガバナンス先進企業が使っているものだ。
■女性役員の起用と企業特性の関係
(金融機関を除く日経225企業、2013~2017年)
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女性社外役員 |
ビジネス経験者(他企業から) |
専門家(学者、弁護士、会計士など) |
経営者・役員持ち株 |
影響なし |
減る |
影響なし |
社長の年齢 |
減る |
影響なし |
影響なし |
社外役員比率 |
増える |
増える |
増える |
欧米企業も「女性取締役の増加は難しい」と主張していた
政府は2013年から女性役員の起用を実業界に求めていた。それに対し、当時の経団連は、欧米と違い女性役員候補の数が少ないこと、また、結婚後育児に専念したいという女性も少なくないことを挙げ、どのように女性を労働市場に呼び込むかという問題を指摘していた。取締役会の多様性を求める際、候補が少ないため難しいという議論は避けて通れない。コーポレートガバナンス・コード導入以前の社外取締役(男女問わず)起用推奨の際には、日本と欧米の労働市場や雇用形態の特性の違いにより、社外取締役の候補が少ないため、内部者で構成される取締役会構成を日本企業は継続するべきという考えが主張されてきた。
実は女性取締役候補が少ないため女性取締役を増やすことは難しいという議論は、日本企業だけでなく欧米企業も主張していた。だが、そのような企業の反発の中でも、欧州の上場企業は3割から4割の女性役員起用を実現している。
「クオータ制」導入の欧州企業、女性役員比率は3~4割
欧州における高い女性役員比率は自然に沸き起こったものではなく、政府の強い後押しにより経営側が渋々女性役員を受け入れてきた経緯がある。政府主導のトップダウンの政策の成果により、クオータ制を導入した欧州の国々の企業は、3割から4割の女性役員の登用が求められている。例えば、フランスの上場企業には、女性役員が一定割合を満たさない場合、罰金等の罰則が基本科せられるが、この政策により、2007年に10%に満たなかった女性役員の割合が、クオータ制導入後、2017年には40%以上となった。ドイツでは罰則はないものの、クオータ制の導入で3割程度の女性役員比率を達成した。
女性役員を増やす要請は、充分な能力がない役員を任命することにつながり、最終的に企業業績に悪い影響を与えるという議論はよく出てくる。欧州でもクオータ制の導入により、企業側はこれまでの取締役会の価値観において適任とは思われない女性役員を登用することによる混乱が懸念されていた。しかし、結果として懸念していた程の混乱は発生せず、徐々に女性役員数は増加してきた。
規制から逃れるため、上場を取りやめる企業も
一方、下記の様な現象も目立つようになったのは事実だ。例えば、女性役員比率を上げることを目的に役員会の規模を縮小する企業やクオータの規制を免れるために上場を取りやめる企業が出てきたこと。また、その国の経営環境の経験・知識に詳しいとはいえない外国人女性役員が多く登用されたことだ。このように欧州でも女性役員の大幅な増員に抵抗したり、数合わせの策をとる企業があったものの、女性役員の登用は徐々に欧州で受け入れられてきた。
日本企業の経営者は、女性取締役を起用することによる混乱の懸念をまだ払拭できていないステージにいるといえる。ビジネスや経営経験のある女性取締役候補がすぐに急増することは無いため、今後も日本企業において専門職の女性が高い比率で社外役員になるという傾向は、しばらく続くと考えられる。
女性取締役登用の効果は明らかでないが「社会正義」
学術的には、女性取締役登用の企業への影響について、一致した見解があるわけではない。女性役員登用により、男性だけで構成されていた取締役会の決定の過程に透明性が求められるようになるとする見方もある。一方で、新しく起用された女性社外取締役は部外者であり、発言権に乏しく、取締役会の重要な意思決定に関わることが難しいとする見方もある。そして、女性役員に期待される根本的な役割、つまり、女性の働き方や男女の賃金格差や昇進格差を改善する力になっているかという点についても、明確になっている訳ではない。実際、ドイツでは、女性の社外役員は増えたものの女性の経営幹部の数は増えていない。
それでも女性役員を増やしていく圧力は今後ますます高まっていくと考えられる。その根本には、企業業績や意思決定への影響だけでなく、人口の半分を占める女性が取締役会でより高い割合を占めることは「社会正義」であるという考えがあるからであろう。このような価値観は欧米の機関投資家を中心に根強く、日本企業に対するエンゲージメント(対話)活動において女性役員の登用は以前から要請されていた。
日本政府の動きは、まずは「様子を伺う」というレベル
今回の政府の女性取締役に関する決定は、海外機関投資家の意見の影響が大きいと考えられる。海外投資家の意見を反映することは、より多くの海外投資家を日本市場に惹きつけることや、また企業統治を国際的なスタンダードに近づけていくことで競争力をつけることと直結している。この政府主導のコーポレートガバナンス改革は、社外取締役に関しても見られてきた。2015年のコーポレートガバナンス・コード導入により、上場企業に対して社外取締役を2人以上登用することを求めた背景には、海外投資家から大企業に対する度重なる圧力がみられたこともある。女性役員に関しては昨年末、米国の議決権助言会社が「TOPIX100」の構成企業で女性役員のいない場合は、経営トップの選任議案に反対を推奨することを発表したばかりだ。
日本での政府の動きは上場企業に1人以上の女性取締役を求めるものであり、3割から4割のクオータ制を導入した欧州の国々に比べると全く過激なものではない。2015年に社外取締役導入を要請した時のように、まずは様子を伺う姿勢が垣間見られる。政府は2020年までに女性の指導的地位に占める割合を3割とすることを以前から目標としている。中長期的に実現していくためには、根本的な女性の労働環境の整備や社外役員候補を増やすための仕組み作りが急務である。
女性取締役候補を増やすための「施策やインフラ」が不可欠
中長期的に女性取締役候補を増やすためには、管理職レベルの女性を増やすため、女性労働における問題解決に向けた動きをより一層加速させる必要がある。内閣府の資料によると日本の出産退職は2010年から2014年の期間で女性就業人口の47%。約半数の女性が出産後に退社しているわけだ。政府や企業が連携してこの問題の解決を急ピッチで進め、産後も仕事を続けたい女性が働くことのできる環境が整わなければ、女性が管理職レベルまで仕事を続けていくことに困難が伴うこととなり、状況は改善していかないだろう。
また、女性役員だけでなく社外役員全般について言えることだが、新しい社外役員を育てるインフラの整備が必要であろう。日本政府も今後女性取締役候補を増やすための研修制度の充実を掲げてはいるが、多くの国では既に公的認定を受けた取締役協会や大学のビジネススクールが社外役員候補向けのトレーニングを実施しており、このプロセスを経た証書の提出を任命の条件とするところもある。社外役員の役割を果たすにはコーポレートガバナンスと財務の知識や法的責任の知識はまず必須であり、さらに営利・非営利にかかわらず経営管理の知識もあることが望ましいとされているが、これらの知識を系統的に学べる機会の提供も大切であろう。
機関投資家や政府からのプレッシャーが高まる中、今後も日本企業の女性役員の数は増えていくと予想される。しかし、それだけで社内での女性の活用が進んだり、企業業績などの好影響が出ることは期待するべきではない。その達成には他の付随する施策やインフラも必要であり、それらはまだほとんど整っていないのが現状だ。
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