当社は企業との積極的な関わりを通じて長期的な価値の創出に努めていますが、事業に細かく干渉しようとしているわけではありません。むしろ、長期的な価値創造に向けた取締役会の機能や責任を明確にすることを重視しています。また長期主義は、永続的な容認主義と同義ではありません。万一、対話を通じて進展が見られない場合、あるいはお客様の長期的な経済的利益を守ろうとする当社の主張に対する企業の説明や対応が不十分な場合には、取締役の選任や不適切な役員報酬に反対票を投じる場合もあります。

 事業に関連する環境・社会・ガバナンス(ESG)は、企業が長期的な視野に立っていかに事業を推進しているか、重要な示唆を与えてくれます。ビジネスモデルや事業の持続可能性、環境への配慮、地域社会の一員としての役割など、長期的な成長に影響を及ぼす可能性がある要因を確認します。グローバル企業は、事業を展開する各々の市場において地域に根ざした存在であるべきです。

 また当社は、研究開発、技術革新に加えて、従業員の能力開発や生活水準の向上に向けて企業が積極的に投資しているかについても注視しています。企業の長期的な繁栄のために従業員のやりがいと満足度がいかに重要であるかは、冒頭に述べた昨年の一連のイベントが物語っています。

 多くの企業が長期主義を重視する姿勢を表明していますが、そのコミットメントに相反し、従来通り積極的な自社株買いが実施されています。実際、2016年7-9月期末までの12カ月間にS&P500指数構成企業による配当と自社株買いの総額は、その営業利益の総額を上回りました。余剰資金の株主還元には賛同しますが、将来の成長に向けた投資と資本還元とのバランスに配慮する必要があります。自社株買いは、資本コストや将来の成長に対する投資の長期的なリターンを最終的に上回ると確信できる場合にのみ実施するべきでしょう。

 もちろん、民間の努力だけでは社会に悪影響を及ぼす短期主義の潮流を変えることは困難です。税制改革、インフラ投資、年金制度の強化など、長期的な目標の実現を後押しする政府の政策も望まれます。

 米国では今年、税制改革が審議される予定ですが、短期保有よりも長期投資に真の意味で報いるキャピタルゲイン税制の導入が望まれます。1年という期間は、長期保有の視点からはあまりに短すぎます。保有3年目以降の利益を長期投資による利益として優遇し、保有期間に応じて段階的に税率を引き下げることも検討に値するでしょう。

 税制改革に米国外からの資金還流に対する税率引き下げが盛り込まれた場合、当社は、企業が資金を米国に還流させる考えがあるのか、ある場合はその資金の使途、戦略的な位置づけ等を確認したいと考えています。例えば還流資金を単純に自社株買いの増額に充てるのか、あるいは株主への資本還元と将来の成長に向けた投資とのバランスを考慮した資本政策に組み込まれるのか、といったことを伺いたいと考えています。

 トランプ大統領はインフラ投資に関心を示しています。これは、経済全体の生産性の向上と雇用の創出という二つの効果をもたらします。後者については、技術革新で職場を追われた労働者への雇用創出という側面が特に強いでしょう。しかし、インフラ投資は雇用喪失を一時的に緩和できたとしても、それだけでは課題の根本的な解決にはなりません。高度な技能を有する人材が不足し、技術職の確保に苦慮している企業は、研修や教育制度を充実させて人材を育成し、従業員に対する責務を果たさなければなりません。企業が近年の経済の変化による恩恵を十分に享受し、長期的な成長を維持するためには、収益の源泉である従業員の能力を高め、例えば、かつて機械を操作していた従業員がその機械のプログラミングを行えるよう支援する必要があります。

 最後に、米国および世界の退職年金制度について申し上げます。企業年金の恩恵を享受するに至っていない多くの中小企業の従業員を含めた全ての従業員を対象とする安定した年金制度の確立に向けて、企業は動き始めるべきではないでしょうか。リタイアメントの危機は解決不能ではなく、打ち手はいくらでもあるように思います。例えば、自動登録や拠出率の自動引上げ制度、中小企業のための共同拠出型年金、さらにカナダやオーストラリアのような強制拠出モデルなども検討に値するでしょう。

 もう一つの重要な点は、リタイアメントにいかに備えるか、従業員の理解を促すことです。従来の年金制度が確定拠出型に移行し従業員の責任が増していることを踏まえると、企業は年金制度の管理者として、従業員の金融知識を高める責務があるのではないでしょうか。資産運用会社も重要な役割を担っていますが、残念ながら資産運用業界全体として、これまで十分な役割を果たしているとは言えません。今こそテクノロジーを駆使して、人々が金融知識を十分に強化する機会を遍く提供し、資産運用のために適切な判断を下せるよう支援することが重要です。リタイアメントの課題を解決し、グローバル化の流れに適応する手助けをするためにも、従業員の退職後の生活保障が経済の安定に関わる共通の課題であるとの信念の下で企業は一段と努力し、行動する必要があります。

 世界経済の繁栄とその果実の分配を通じた安定は、投資家、企業、政策決定者がともに長い時間をかけて取り組み、実現されるものです。企業経営者の皆様が事業戦略を策定される際には、世界で起きている変化の根底にあるダイナミズムを十分に意識いただきたいと切に願います。貴社と世界経済の繁栄は、そうした姿勢と覚悟にかかっているのだと考えます。

敬具

ブラックロック・インク
会長兼最高経営責任者(CEO)
ラリー・フィンク

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