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3月8日、トランプ大統領が鉄鋼輸入制限に署名した。だが、衝撃は「現実派」とされていた国会経済会議(NEC)委員長の辞任の方が大きい。日本とEUが「規制対象外」となる可能性も高く、怖いのはむしろ米政権の政策決定プロセスの欠如だ。

コーン国家経済会議(NEC)委員長は3月6日、辞任を表明した(写真=UPI/アフロ)

 3月8日、トランプ米大統領が鉄鋼輸入制限に署名した。だが、この鉄鋼の輸入制限そのもの以上に、日本を含む関係各国で激震が走ったのが、3月6日のコーン国家経済会議(NEC)委員長による辞任表明だ。経済政策の司令塔であったコーン氏は国際協調派、現実派、対中融和派とされていた。日本などの通商政策当事者にとって、コーン氏は既存の貿易秩序を前提にした現実的な議論をできる相手として期待されていた。だが、コーン氏がトランプ政権を去ることで、通商製造政策局長のナバロ氏ら保護主義派、対中強硬派の声が、これまで以上に大きくなるのは確実だ。

 実際、トランプ大統領が発表した鉄鋼製品に対する関税引き上げについては、そもそも、ロス商務長官は先月、2つの選択肢を提示していた。1つが、全ての国を対象に24%以上の関税をかけるというもの。もう1つが、中国、韓国、ブラジルなどの12カ国を対象に53%以上の関税をかけるというものだ(関連記事:トランプの鉄鋼輸入制限で米中貿易戦争が勃発?

 だが、ホワイトハウス内で激論が交わされている最中、トランプ大統領はコーン氏らの反対を押し切って前者の選択肢に沿った措置を、突如鉄鋼業界との懇談の場で予定外に表明してしまった。もちろんホワイトハウス内は大混乱に陥った。

 その後、トランプ政権は、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉をしているカナダ、メキシコを除外し、さらに豪州を除外する方針を出した。その他の国の除外については今後2週間以内に決定する。まず高めのボールを投げておいて、徐々に相手から譲歩を勝ち得る。全ての国を対象にすると見せかけておいて、結果的に特定国を対象にしたものに近くなっていく。トランプ大統領らしい取引手法といえる。

 そして、その交渉の任に当たっているのがライトハイザー通商代表である。これは、鉄鋼問題の主導権がロス商務長官から、交渉を専門とするライトハイザー通商代表に移ったことを意味する。ライトハウザー氏の関心があるのは、「米国の鉄鋼産業をどうしたいか」という本質的な問題ではなく、基本的に「交渉そのもの」だ。

 しかも、鉄鋼問題とは全く無関係な貿易赤字の解消を迫り、有利な条件を引き出そうというのは、およそ筋が通らない強引なやり方だ。

 ナバロ氏ら保護主義派の声がより大きくなり、その声を背景に交渉担当のライトハウザー氏が鉄鋼問題の主導権を握るということは、日本を含む貿易相手国にとっては、これまで以上に細心の注意が必要になるということだ。

 問題は、こうしたトランプ流の交渉手法と側近の体制だけではない。もっと深刻なのはトランプ政権の政策決定メカニズムが、致命的なほどに機能不全に陥っていることだ。分かりやすく言えば、トランプ大統領が自分の直感だけで即決してしまう危うさである。米朝首脳会談の突然の方針決定も、まさにその典型だ。

 トランプ大統領は自らを「交渉の達人」と自任している。メディアのインタビューでも「意思決定で重要なのは自分だけだ」と言い放っている。これはホワイトハウスの政策決定メカニズムが機能不全に陥っていることを示している。今のホワイトハウスには秩序はなく、混乱しかない。

 そして、政府内のスタッフについても目を覆うような事態が進行している。以前から政治任用の高官の不在は指摘されているが、問題はそれだけではない。例えば、北朝鮮問題の専門家や米韓FTA(自由貿易協定)の立役者などが辞めたり、左遷されたりしている。今仕事をしているスタッフたちの士気も大きく下がっており、組織としては危機的状況にある。

 まるで、ワンマン社長の下で社員がやる気をなくして辞めていくダメ会社を見ているようだ。