ミツビシは潜水艦でオーストラリアに戻れるか
最新鋭艦「じんりゅう」の「引き渡し式・自衛艦旗授与式」
三菱重工から防衛省に引き渡した潜水艦「じんりゅう」
三菱重工業など日本の官民連合がオーストラリアに輸出を提案している潜水艦。独仏勢と水面下で激しく競り合っており、豪政府は2016年内に共同生産先を選ぶ予定だ。全体の予算が4兆円規模にのぼる潜水艦プロジェクトの交渉は今後佳境を迎えるとみられ、受注に向けた三菱重工の動きも活発化してきた。
2月、豪州の大手紙に三菱重工の全面広告が載った。潜水艦の写真をメーンに、自社の事業内容などをアピールする企業広告だ。これまでも三菱重工は豪州で広告を打ったことはあるが、潜水艦を強調した内容は初めて。豪政府が潜水艦のパートナーを選ぶにあたっては、世論の反応も無視できない。宮永俊一社長ら首脳陣が豪州政財界との関係強化に乗り出す一方、こうした地道な環境整備も欠かせない。
オーストラリアでは「クルマ」のイメージ
豪州で「ミツビシ」と聞けば、まず連想されがちなのがクルマだ。2008年に撤退したものの、かつて豪州には三菱自動車の工場があった。今でもその印象は残っている。
豪政府は潜水艦の調達先選びの際、豪州の造船所などとの提携も含めて、現地生産にどれだけ応じられるかも重視している。その点について宮永社長は「万難を排して対応する」と強調。現地に長期にわたって根付き、幅広い協力関係を構築するには三菱重工自体の認知度を豪国民の間で高めていく必要があると判断。今後も情報発信を強化していく。
日本が豪州に提案している潜水艦は海上自衛隊の最新鋭「そうりゅう」型がベースとなる。そうりゅうは敵に発見されにくいステルス性のほか、長期間、深く潜航できる点などにも強みがあるとされる。軍事機密の塊だ。
折しも3月7日、三菱重工神戸造船所で建造中だった、そうりゅう型の7番艦である「じんりゅう」の海上自衛隊への引き渡しセレモニーが開かれた。じんりゅうは2012年2月に起工し、14年10月に進水後、各種設備などの整備を経て、無事、引き渡しの日を迎えた。全長84メートルで幅9メートル、基準排水量は2950トン。65名の乗員が乗り込む。建造費用は545億円だ。
セレモニーは正確には「引き渡し式・自衛艦旗授与式」という。それまでの三菱の社旗を降ろし、晴れて海自の艦艇であることを示す旗を掲げる。当日は三菱重工や防衛省・海自関係者らが神戸造船所の岸壁付近に設けられた式場に詰め掛けた。海自向けは年1隻ペースで三菱重工と川崎重工業が交互に建造しており、こうしたセレモニーも年に一回の行事だ。
間近でみると、じんりゅうの船体にはびっしりとステルス性を確保するための、タイル状の吸音材などが貼られていることがよくわかる。また、出入り口となるハッチは緑色のカバーで覆われていた。理由を聞くと、ハッチの大きさや厚さが分かると、どの程度深くまで潜る性能があるのかが推測されてしまうからという。豪州への輸出の際もこうした機密情報の管理は両国で徹底される見通しだ。
防衛省幹部の訓示や艦長の挨拶などを終え、じんりゅうが出港する際は「蛍の光」などが音楽隊によって奏でられた。今後は広島・呉の潜水艦部隊に所属し、瀬戸内海や四国沖を主にカバーするという。日本は従来、潜水艦は全16隻という運用体制だったが、中国の台頭など安全保障環境の緊迫化を踏まえて今後22隻まで増やす予定だ。じんりゅうの引き渡しによって17隻目となり、潜水艦増強の第一歩となる。
潜水艦は輸出の「本命」
豪州の潜水艦案件が首尾よく取れれば、防衛装備品輸出の初の大型案件。それだけに、防衛事業を手掛ける他のメーカーも「まずは潜水艦がどうなるかを見てから、自社の技術をどう海外で生かせるか考えたい」との意見が多い。原子力潜水艦以外の通常型潜水艦では日本の潜水艦の技術水準は世界でもトップクラスとされ、輸出競争力という点ではエース級の存在。スリーダイヤが再び豪州にはためく日は来るのか、受注の成否は三菱重工だけでなく、日本の防衛産業全体の今後の展開に大きな影響を与える。
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