「ESG」が示す、真の企業価値

 書簡の中でフィンク氏が最も強調したのが、「ESG」の重要性だ。環境・社会・企業統治の頭文字を取った言葉で、企業経営を評価する際に、従業員の満足度やその企業が社会に与える影響などを重視する考え方を指す。

 フィンク氏は長年、投資先企業がESGとどう向き合っているかを重視してきた。今回の書簡でも改めてその方針を示し、「グローバル企業は、事業を展開する各市場で地域に根ざした存在であるべきだ」と強調している。

 投資家が企業を選ぶ際、元手となる資本を使ってどれだけ利益を稼いだかを示す指標であるROE(自己資本利益率)などが重視されてきた。ただ、表面的な利益指標だけでは、その企業が本当に長期投資の対象とする価値があるのか分かりにくい。

 例えば、工場が環境汚染を引き起こせば、立地先の国や住民から訴訟を起こされる可能性が高まる。多くの従業員が慢性的に疲弊、もしくは退職していくような職場環境では、生産性を向上させるどころか維持することすら難しい。企業統治が機能しなければ経営陣が不正にはしりやすく、企業そのものが傾きかねないというリスクもある。

 このように、短期的に大きな利益が出ていても、ESGを軽視する企業は投資対象としてふさわしくない、という考え方が欧米で急速に広まっている。

 日本では「ESGはあくまで機関投資家による社会貢献の一環」と位置付けられてきた。しかし、電通の新入社員の自殺を機に「働き方改革」が叫ばれるようになり、短期的な利益の積み上げよりも、社会貢献や労働環境への配慮こそが企業を長期的に成長させるという認識が徐々に広まりつつある。

 ブラックロック・ジャパンの井澤𠮷幸会長CEOは、「従業員が幸せに働いているかどうかが、企業の成長を左右するのは明白だ。政府が進める働き方改革は我々の方向性と一致しており、投資先企業との対話を通じて、その取り組み姿勢を問いたい」と話す。

グローバル化の負の現実

 ブラックロックがESGの重要性を強調するのは、ブレグジットや中東情勢の混乱など、昨年から続く世界的な変化の根底に「グローバル化と技術革新が起こした影響への反発がある」(フィンク氏)と分析しているからだ。「グローバル化の果実が必ずしも公平に分配されず、高度なスキルを持った都市部の人材に偏っている」(同)という負の現実があり、熟練度の低い従業員の仕事を大量に奪ったと見ている。

 今回の書簡では、企業の短期志向にくぎを刺したのも特徴だ。フィンク氏は2016年7~9月期末までの12カ月間で、S&P500指数の構成企業による配当・自社株買いの総額が、同じ時期の営業利益の総額を上回っていると指摘。株主還元に偏り過ぎて成長投資がおろそかにならないよう、投資先企業に注文を付けた。

 フィンク氏の問題意識は、「企業がとにかく短期的な利益を上げて、それを株主だけに還元していれば評価される時代が終わった」(井澤会長CEO)ということの表れだ。今年の株主総会は、日本企業が世界的な変化にどう向き合うのかを見極める重要な機会となりそうだ。

(杉原 淳一)

(日経ビジネス2017年3月13日号より転載)