これまで広告の話がほとんでしたが、お金を払って聞くという、有料配信モデルを採用する選択肢はないのでしょうか。

入江:それはいまのところ無いですね。radikoでは自分の住むエリア外の放送を聞ける「エリアフリー」という機能があって、これは月額350円をいただいています。けれど、これは特別な権利処理が必要になるからであって、ラジオ事業の基本的な姿としては、いまは広告モデルしか考えていません。

なぜですか。

入江:どうしてでしょう……。まあ正直に言えば「いままでやったことがないから」という面はあります。それに音楽を含め、そもそも音声コンテンツの有料配信って上手くいっている例があまりないですよね。

最初から有料じゃなくても、たとえば「10時間までは無料、それ以降は月額500円」などフリーミアムの事業モデルもあり得るのでは。

入江:いまはまったく議論に出ていませんが、ありえる話だとは思います。入り口だけ無料にしておいて、一定以上の利用でお金をいただくアプリというのは結構多いですよね。そのあたりの応用にはなると思いますが……やはり広告主にお金をいただき、リスナーには無料でお聞きいただくのが基本にはなると思います。

TBSと聞くとテレビのイメージが強いですが、入江社長は入社以来、一貫してラジオ事業に携わってきました。業界を代表する一人として、ラジオの「いま」についてどのような認識をお持ちですか。

入江:なんといっても「ラジオ離れ」ですよね。けど、これはもう十何年も前から言われていることです。下手をすると30年くらい前から言われていることかもしれません。ラジオにとって強力なライバルが次々出現しているのに、なかなか有効な手立てを打ててきませんでした。

ラジオ一筋の入江社長。入社当時はミキサー操作など技術職を担当していた
ラジオ一筋の入江社長。入社当時はミキサー操作など技術職を担当していた

「ラジオが苦しんでいる」という構図は、入江社長の入社以来ずっと変わっていないということですね。

入江:はい。やはり若い世代が新しいリスナーとして入ってこないのが辛いです。TBSラジオは2001年以降、15年と6カ月間にわたって(首都圏で)個人聴取率トップという評価をいただいています。ただラジオの聴取率調査というのは69歳以下を対象としていますから、今後その年齢を超えるリスナーにどんなに聞いていただいても、聴取率は上がらなくなります。

 最近では広告を出してくださるスポンサー企業の広告担当者でも、あるいはスポンサーとの関係を取り持ってくれる広告会社の営業担当者でも、ラジオを身近に感じていない方が増えているように思います。ご担当なのに「ラジオってそもそもどうやって聞くの?」という段階から始めるわけですから、ラジオで広告を打つことのメリットを実感としてイメージしてもらえていません。

テレビとはすみ分けができていた

テレビとネットメディアでは、どちらもラジオにとって強敵だと思います。両者にはどんな違いがあるのでしょうか。

入江:これはご高齢の方しか記憶にないと思いますが、ラジオにもかつて、メディアの主役として家族が集まる茶の間のど真ん中に鎮座した時代がありました。決まった時刻になると全員で集まって、ラジオドラマを聞いていたような時代です。でも、茶の間の主役はすぐにテレビになりました。

 ただし茶の間こそ奪われても、ラジオは個人で楽しむメディアとして生き残りました。ラジオの再生機というのはテレビよりは安価ですから、家族一人ひとりがラジオを一台ずつ自分の部屋に置くことができたのです。家族で見るのはテレビ、個人で聞くのはラジオ、というふうに、すみ分けができたのです。

 それがネットの登場、もっといえばスマートフォンの普及により、ラジオは個人が部屋で過ごす時間までも完全に奪われてしまうことになりました。

茶の間だけではなく、部屋の中まで奪われた。これがテレビとネットとの違いということですね。

入江:はい。最近タクシーに乗ってもラジオが流れていることが減ったと思いませんか。たまにごく小さな音量でニュースが流れていることはありますが、運転手さんにこちらからお願いしないと、音量を上げてくれません。お客さん第一ということで、タクシー会社は車内で流さないように指導しているようです。

「お客さん第一」を考えた結果が「ラジオを流さない」なんですね。

入江:市民権を失ったとまでは言いませんが、最近は車内の過ごし方が多様化したということなのでしょう。昔はクルマに乗ったらラジオくらいしか楽しむものはありませんでした。今ではイヤフォンを付けて自分の音楽プレーヤーで好みの曲を聞く人もいれば、ゲームで遊ぶ人もいる。パソコンやスマホがあれば仕事のメールも確認できます。

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