イランとの核合意の破棄は中東諸国も望んでいない

 実は筆者はトランプ氏の議会演説の2週間前に、イランとサウジを含む中東地域を訪問していた。目的はトランプ政権下で中東情勢がどう変化するのか、そして原油価格がどう動くのかを現地で調査するためである。

 そこで得られた情報を元にトランプ政権のイラン及び中東戦略を分析すると、いくらトランプ氏がオバマ政権の功績である核合意を破棄すると主張しても、それは米国の国益に反するのみならず、イスラエルを含むサウジなど中東地域の同盟国もそれは望んでいない。

 そもそも最終合意であるJCPOA(包括的共同作業計画)は米国を含む6ヵ国とイランとの多国間合意であり、米国だけが抜けることは現実的には難しい。それにイランに核開発を放棄させることは、イスラエルやサウジアラビアなどイランを脅威と感じている周辺国には望ましいことでもある。

 また、対テロリスト対策で打倒IS(イスラム国)を選挙公約とするトランプ氏にとって、イランを敵に回すことはシリア内戦において強力な味方を失うことに繋がる。イラン革命防衛隊はISと戦うシリア前線で主力部隊となっているからだ。

 従ってイランへの不信感を持ちながらも、このタイミングでイランとあからさまに対立することは得策ではない。また、イランを支持するロシアとの関係が微妙な状況にあり、当面は対イラン政策については政権の方針が固まるまでは様子見ということだろう。

 トランプ政権と中東の関係では、エネルギー政策が共通項である。今回の演説ではパイプライン建設にしか言及はなかったが、米国経済の成長エンジンとしてトランプ氏は国内の化石燃料開発、特にシェール産業の更なる成長を加速するという方針だ。油価とガス価の下落からシェール企業の活動が一時減速していたが、昨年末の産油国による減産合意から油価が50ドルを回復しシェール産業も復活の兆しが見えている。

原油価格の中位安定は米・ロ・サウジの共通利害

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 筆者は、トランプ政権の経済政策の柱であるシェール産業の持続的な成長には、規制緩和もさることながら油価の中位安定が不可欠であると考えている。その点においては、中東産油国やロシアなどと利害が一致する。

 今回の中東出張で興味を持ったのが、2年前に需給調整機能を一旦放棄したサウジが主導するOPEC(石油輸出国機構)が昨年末に強硬に減産合意に持って行った背景事情である。サウジの財政状況が、油価低迷で厳しい状況になりつつあるのは良く知られている。2年前に即位したサルマン国王の最大の課題が、財政の健全化と石油に依存しない経済構造へのシフトである。

 国王は実子である若いムハンマド王子を副皇太子に指名し彼をエネルギー・経済・軍事の要職に任命した。ムハンマド副皇太子は昨年春に「ビジョン2030」と命名された経済改革計画を発表すると共に、20年間石油政策を主導してきたヌアイミ石油相を事実上解任し、自らの影響力が行使できる国営石油会社アラムコの経営陣からアル・ファーリハ氏を抜擢し大臣に据えた。

 アラムコ上場計画を含む「ビジョン2030」の実現には、原油価格を昨年初につけた20ドル台という安値圏から少なくとも50ドル以上に押し上げる必要があったと考えられる。それが昨年9月のアルジェ合意、そして11月末のOPEC総会での減産合意に繋がっていったのであろう。折しも供給過剰3年目を迎えた石油市場も需給のリバランスが進み、OPECなどの減産合意がそれに拍車をかけて油価は一気に50ドル台を回復したということである。

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