トランプ大統領の議会演説は波乱なく終わったが、実はネクタイの色と8人のゲストにトランプ氏の狙いが透けていた。さらに、イランへの“口撃”が沈静化したことからは、エネルギー地政学の点で中東諸国やロシアと利害が一致する面があることが浮かぶ。住友商事グローバルリサーチの高井裕之社長が分析する。

演説の日のネクタイに透けたトランプ大統領の狙い

 世界中が注目したトランプ大統領の議会演説が特に大きな波乱もなく終了した。筆者も執務室の大画面のテレビでCNNの英語生放送を視聴した。聴き終った後の感想を率直に言うと、やたらと米国人の感性や愛国心に訴える割には内容的には物足りなさを感じる演説であった。もっと崇高なビジョンや踏み込んだ経済・外交政策を語って欲しかったと感じた。

 ところが米国人の反応は違った。演説後のCNNの調査では何と78%もの視聴者が演説に好印象を持ち、政権への期待度も演説の前後で58%から69%に跳ね上がった。約7割の人がトランプ政権で米国は正しい方向に進んでいると演説を聴いて回答したのである。受け止め方が違うな、と感じたのは私だけだろうか。しかし考えてみれば、昨年11月の選挙でこの展開を想像すらできなかった我々の感性と今回の演説への米国人の評価のギャップには共通するものがある。やはり本当の米国人の気持ちを我々が分かっていないのであろう。

 米国での好感度の背景には、トランプ氏が選挙後初めて大統領らしく演説をしたというのがある。演説時のネクタイも今までのような戦闘的な派手な赤色ではなく地味なブルーの英国風レジメンタルタイ。これは母親が英国スコットランド出身であり、彼は英国人の血を引くことを誇りに思っている節がある。「ネクタイのストライプの方向が違う」と本場英国では議論もあったと聞くが、それはともかくとして、ようやくトランプ氏も選挙時の戦闘モードから大統領らしく統治モードに進化してきたというのが米国人の評価する点のようだ。

8人の一般人特別ゲストの意味

 約1時間の演説の中身を見ると、明らかに有権者を意識した内政重視の「米国第一主義(America First)」が色濃く出たものであった。国民保険制度(オバマケア)、不法移民問題、メキシコ国境の警備強化、貧困や暴力・麻薬など犯罪に関する問題等々である。私が米国人の感性に訴える演出を強く感じたのは、議会場内に8人の一般人を特別ゲストとして招待したことである。

 故スカリア連邦最高裁判事の未亡人、難病と闘う車椅子の女性、貧困生活を乗り越えて大学を卒業した女性、不法移民に殺された遺族、そして1分40秒というスタンディングオベーションの記録を作って今回の演説のハイライトとなった、中東イエメンでのアルカイダ襲撃で殉職した海軍特殊部隊の兵士の未亡人である。

 ゲスト一人ひとりが彼の訴えたかった問題の犠牲者であり、目に見えるシンボルであるという効果的な演出であろう。その演出は愛国心が強く誇り高い米国人の心を鷲づかみにした。この辺りは、彼のコアな支持層にいる米国人じゃないと理解できないトランプの魅力なのであろう。

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