サンダース氏は、「北米自由貿易協定(NAFTA)の失敗を繰り返してはならない」としてTPP反対を言明している。バイオ医薬品の知財保護や、外資企業との紛争処理手続きといったTPPの規定を挙げ、大企業の利益に偏重した協定だと批判。TPP実施法案を議会が可決しても、自分が大統領であれば署名しないと発言している。

 共和党の主要候補も同様の姿勢をとる。トランプ氏の通商政策観は、概して重商主義的で、中国、日本、メキシコ、そしてベトナムがお決まりの非難対象国だ。TPPは、公正な競争環境を保証せず、批准に値しない、と反対している。

 また、為替操作を行い、労働、環境基準を守らない通商相手国に対して厳しく臨む姿勢が不可欠、と多くの民主党議員と同じ立場を取る。中国を為替操作国として認定するとともに、同国による知財侵害や、不正な輸出補助金の支出を許容しないことを自らの通商政策として掲げている。為替操作の代償として、中国からの輸入に対して高関税を課すべきだとも発言している。

 2015年4月、クルーズ氏は、当時、下院歳入委員長を務めていたライアン氏と連名で、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に寄稿。米国はアジアで進む経済統合に乗り遅れてはならないとして、TPPが重要であること、そして貿易促進権限(TPA)法案を可決するよう説いていた。しかし、6月には立場を翻し、議会指導層への不信と、貿易協定が移民流入につながる裏口になりかねないことを理由に、TPA法案への反対を表明。TPP実施法案には反対票を投じる、と発言している。

 共和党右派は、医療保険制度改革を「オバマケア」と呼んだように、TPPを「オバマ・トレード」と呼ぶことで、共和党員が抱くオバマ大統領個人への反感を掻き立てている。クルーズ氏はその流れに乗った形だ。

 加えて、ルビオ氏までもが今や態度を変えている。同氏はかつてTPPはアジア経済を自由市場の価値観の下で発展させるための有効な協定だと寄稿していた。現在は協定内容を精査中としており、5月までは協定への賛否を明らかにしない予定である。

TPP合意の修正か

 米大統領選はまだ予備選の段階であり、緻密な政策論争は期待できない。特に通商について候補者は、現実的な国際派であることよりも、通商相手国を叩き、大企業や経営者を叩いて喝采を浴びることにメリットを見出す。2015年にシカゴ・グローバル問題評議会が行った世論調査によれば、米国民の8割が自由貿易の重要性を認識し、TPP支持が6割強を占めている。「政治の季節」が終われば、極端な主張も現実的な路線に落ち着くとの見立ても可能だ。

 しかし、非現実的な言説が、非現実的な期待を生み、現実の政策執行を難しくすることがあるのは、TPP交渉中のホワイトハウスと議会との間の緊張関係を見ても明らかである。米国自動車業界は、各国による通貨安誘導は不当な輸出補助に相当するとして、TPPに為替操作規制を盛り込むべく、強力なロビー活動を展開した。自由貿易協定にはそぐわないこの規制を他国に押し付けることで交渉が停滞することを米通商代表部(USTR)は恐れた。この件は最後まで交渉担当者の手を縛った。

 TPP反対が超党派の合意となっている現状は、TPP合意の廃棄、あるいは交渉のやり直しという非現実的な結果への期待を過度に煽ることになる。その結果、米国のTPP批准が次期政権の手に委ねられるとき、米国政府が何らかの形で修正交渉を関係各国に持ちかける可能性がある。

 日本としては、あるべき経済秩序と日本の経済外交という、より広い文脈にTPPを改めて位置づけておくことが必要だ。米国政治の「地元」事情への配慮も不可欠ではあるが、これまで日米が推進してきたことの意義を損ねるような形となってしまえば、本末転倒である。TPPの経済的、政治的大義を見失わないよう、米国新政権に粘り強く説くことは日本の大切な役割である。

浅野 貴昭(東京財団研究員)

東京大学文学部卒業。航空会社勤務の後、ニューヨーク大学にて政治学修士号取得。日本政策投資銀行ワシントン事務所、経済同友会を経て2011年より現職。

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