2004年からダイバーシティ

2 組織横断型のプロジェクト

 ゴーン氏は「プロジェクトの進め方」でも日本に大きなインパクトをもたらした。それが、組織横断型のプロジェクトチームの導入だ。

 かつて日産が破綻寸前まで追い込まれたのは、開発や技術、営業など部門間の壁が高く、官僚的・硬直的な風土が蔓延していたため。ゴーン氏はその構造的な欠点を見抜き、各部門の人材からなる「CFT(クロスファンクショナルチーム)」を導入。リバイバルプランも9つのCFTが中心となって現場のアイデアを集約し、取締役会で機関決定したものだ。

 多様な部門の人材が話し合うことで、普段は表に出ない問題点を浮かび上がらせる。そのプロセスを通じ、自社の強みがどこにあるのかを再確認させ、各部門や社員に当事者意識を持たせることにもつなげた。

 仏ミシュランで地域トップを務めてきたゴーン氏にとって、こうした手法は経験済みのものだった。それでも日産への導入当初、CFTは組織や経営システムの面で研究対象となるなど、日本では新しいマネジメント手法として受け止められ、その後定着した。これも、ゴーン経営がもたらした変化の1つといえる。

3 ダイバーシティ

 自らが複数の国のルーツを持つこともあるのだろう。ゴーン氏は「多様な人材」が企業、そして日本経済にとっても極めて重要であるということを主張し続けてきた。

 実行も早かった。2004年に社内に「ダイバーシティディベロップメントオフィス」という専門部署を設置。管理職や販売会社での営業担当者などの女性比率に目標を設定し、経営会議で進捗状況を確認するなど、「お題目」で終わらせることなく女性の活躍推進に取り組んできた。単なるCSR(企業の社会的責任)としてではなく、ゴーン氏は「何よりもビジネスのため」と明言していたのが特徴。世の動きよりも10年は早かったわけだ。

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