2月23日、日産自動車は4月1日付でカルロス・ゴーン氏が社長とCEO(最高経営責任者)から退くことを発表した。1999年から日産の経営を担ってきたゴーン氏が一歩下がり、経営のバトンは社長兼CEOに就任する西川広人氏に引き継がれる。ゴーン氏は代表権を持つ会長として、仏ルノーや三菱自動車、独ダイムラーなどとのアライアンス全体を管理する役割に軸足を移す。
日産自動車のCEOと社長を退くカルロス・ゴーン氏。写真は2004年当時のもの(撮影:清水盟貴)
日産を再生させ、ルノーと三菱自動車を合わせて「1000万台クラブ」が視野に入るところまで引き上げたゴーン氏の18年。特にその前半は、日本の企業経営や組織のあり方、人材活用の考え方にも大きな影響を与えてきた。以下、改めて挙げてみたい。
1 「コミットメント」
1999年10月に発表された「日産リバイバルプラン」。同年、ルノーからCOO(最高執行責任者)として派遣されたゴーン氏が中心となって策定した2002年度までの3カ年計画だ。日産復活の原点ともいえる。
その中で注目を集めたのが「コミットメント」という単語だった。2000年度の黒字化、2002年度の利益率4.5%以上を数値目標として掲げ、ゴーン氏は「達成できなければ辞める」と強い覚悟を示した。当時、コミットメントという単語はビジネスの世界でも広く使われておらず、「必達目標」という見慣れない和訳とともに広がった。
結果的に、日産はこれらの目標をクリア(「V字回復」「V字型回復」という言葉もこれ以降広く使われるようになった)。ゴーン氏の「再建請負人」としての名声は確固たるものとなり、その後の日産の成長、そしてゴーン氏の長期政権の礎となった。
分かりやすい数値目標を掲げ、トップの責任を明確にするゴーン流の再生手法は、日本の多くの企業や自治体などにも採り入れられた。一般的に使われるようになった「コミットメント」という言葉には、「単なる努力目標ではなく、結果責任を伴う」というニュアンスが織り込まれた。
ここ数年、コーポレートガバナンス強化、投資家との対話の重要性が高まる中で、ROE(自己資本利益率)などの中期的な数値目標を掲げる企業は増えている。ステークホルダーと共通の目標を「握る」ことの重要性と効果を、日本の経済界に深く印象付けたのがゴーン氏だった。
2004年からダイバーシティ
2 組織横断型のプロジェクト
ゴーン氏は「プロジェクトの進め方」でも日本に大きなインパクトをもたらした。それが、組織横断型のプロジェクトチームの導入だ。
かつて日産が破綻寸前まで追い込まれたのは、開発や技術、営業など部門間の壁が高く、官僚的・硬直的な風土が蔓延していたため。ゴーン氏はその構造的な欠点を見抜き、各部門の人材からなる「CFT(クロスファンクショナルチーム)」を導入。リバイバルプランも9つのCFTが中心となって現場のアイデアを集約し、取締役会で機関決定したものだ。
多様な部門の人材が話し合うことで、普段は表に出ない問題点を浮かび上がらせる。そのプロセスを通じ、自社の強みがどこにあるのかを再確認させ、各部門や社員に当事者意識を持たせることにもつなげた。
仏ミシュランで地域トップを務めてきたゴーン氏にとって、こうした手法は経験済みのものだった。それでも日産への導入当初、CFTは組織や経営システムの面で研究対象となるなど、日本では新しいマネジメント手法として受け止められ、その後定着した。これも、ゴーン経営がもたらした変化の1つといえる。
3 ダイバーシティ
自らが複数の国のルーツを持つこともあるのだろう。ゴーン氏は「多様な人材」が企業、そして日本経済にとっても極めて重要であるということを主張し続けてきた。
実行も早かった。2004年に社内に「ダイバーシティディベロップメントオフィス」という専門部署を設置。管理職や販売会社での営業担当者などの女性比率に目標を設定し、経営会議で進捗状況を確認するなど、「お題目」で終わらせることなく女性の活躍推進に取り組んできた。単なるCSR(企業の社会的責任)としてではなく、ゴーン氏は「何よりもビジネスのため」と明言していたのが特徴。世の動きよりも10年は早かったわけだ。
株主総会も変わった
4 デザイン経営
ゴーン氏は日産に着任するやいなや「日産のクルマにはデザインに個性がない」と指摘し、デザイン改革に動いた。欧州メーカーの中でも先進的なデザインで知られるルノーのノウハウを生かし、それまで技術や開発部門よりも立場の弱かったデザイン部門の権限を大幅に強化した。
いすゞ自動車などで活躍した中村史郎氏(現・専務執行役員チーフクリエイティブオフィサー)を社外から引き抜いてデザインの責任者に抜擢。中村氏を中心に、それぞれ車種ごとにバラバラだったデザインを改め、「NISSAN」として一貫性を持たせるデザイン戦略にかじを切った。
今ではどの自動車メーカーも統一の「デザインアイデンティティ」を持たせるのが当たり前になっているが、これも日本では日産が先駆けといえるだろう。
5 株主総会のあり方
「株主こそが会社のオーナー」。ゴーン氏はその姿勢を貫いてきた。それが表れているのが同社の株主総会だ。
3月期決算企業の株主総会の集中日から大幅に開催日を早めたのも、大手企業では日産が先駆けだった。「異議なし!」といった発声による議事進行をやめて一般の株主からの質問を多く受け付けたり、総会後にゴーン氏ら経営陣が株主と懇談する場を設けたり。株主総会を「儀礼」ではなく「対話の場」として機能させるための取り組みを進めてきた。
今でこそ会場前方の大型スクリーンで業績などを分かりやすく説明するスタイルはほかの企業にも広がっているが、これも日産が大手企業の中ではいち早く取り入れてきたものの1つだ。
以上、どれも、ゴーン氏や日産がゼロから作り上げたというものではない。「もっと前から同じことをやっていた」という日本企業もあるだろう。例えば組織横断的な意思疎通やプロジェクト推進などは、トヨタ自動車やトヨタグループが今も昔も得意とするところだ。
ゴーン氏の功績は、それぞれについて分かりやすい言葉で語り、抜群の発信力と存在感によって世の中に印象付けてきたことにある。当初の「コストカットだけ」から始まり、最近では「報酬が高すぎる」など、批判も隣り合わせだったゴーン氏。世界標準の経営が日本企業でも機能することを証明し、日本の企業ムラに刺激とダイバーシティーをもたらしたことへの評価は揺るがない。
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