トランプにおびえるマーケット
ポピュリストと社会主義者に導かれる米国を想像できるか?
2月1日にスタートした2016年大統領選の候補者選び。第2ラウンドのニューハンプシャー州予備選では、共和党はドナルド・トランプ氏、民主党はバーニー・サンダース氏が圧勝した。テレビなどメディアを通じた空中戦で無敵の強さを誇るトランプ氏が、どぶ板選挙で党員を予備選に動員するという地上戦でも強さを発揮し、緒戦の負けを取り戻した。一方、民主党のサンダース氏も自身の地盤とも言える場所でヒラリー・クリントン氏を粉砕、今後に期待を抱かせている。だが、億万長者と社会主義者の2人のポピュリストを前に市場の警戒感は募るばかり。年明け以降、荒れ狂うマーケットだが、波乱は大統領選も一因だ。
わき起こるUSAコールの中、テレビの向こうの億万長者は独特のハスキーボイスで勝利の雄叫びを上げた。
「ニューハンプシャー州のみんな、本当にありがとう。君たちのことは絶対に忘れない。(私の大統領ロードは)君たちが始めたんだ。いいかい、君たちが始めたんだ」
2月8日に実施されたニューハンプシャー州における共和党の予備選挙。序盤選のヤマ場として注目を集めたが、共和党の指名を目指すドナルド・トランプ氏が勝利を収めた。得票率は35%。次点のジョン・ケーシックオハイオ州知事の倍以上の差をつけた、文字通りの圧勝である。
世論調査での強さをニューハンプシャー州予備選で証明したトランプ氏(写真はサウスカロライナ州ロックヒルで開かれた選挙集会の模様、以下同)
アイオワ州党員集会では事前の世論調査でトップに立ちながら次点に泣いたトランプ氏。抜群の知名度を誇るものの、その人気は世論調査だけで実際の投票には来ないのではないかという疑念も広がっていた。だが、ふたを開けてみれば、保守派から穏健派まで幅広い層の支持を集めることに成功した。3月1日のスーパーチューズデーを前に、再び勢いを取り戻した感がある。
億万長者と社会主義者が快走
一方の民主党は、民主社会主義者を自認するバーニー・サンダース氏が、勝ち鬨(どき)を上げた。ニューハンプシャー州は白人が多く、宗教色が比較的薄いリベラルな土地柄。しかも、サンダース氏は隣接するバーモント州の出身だ。事前の世論調査でもサンダース有利が伝えられていたが、こちらもサンダース氏がライバルのヒラリー・クリントン氏を圧倒した。
民主党主流派が推すクリントン氏は黒人やヒスパニックなどマイノリティに人気が高く、今後相次ぐ南部諸州の予備選・党員選挙で巻き返すことは確実。だが、指名候補者に立候補した段階では楽勝すると思われていただけに、格差の解消を叫び若者の支持を受けるサンダースの躍進は誤算に違いない。共和党と同様、民主党の候補者選びも長引きそうな情勢だ。
右と左――。両極端な2人のポピュリストが快走を続ける各党の候補者選び。それぞれの中身は異なるが、「怒り」というキーワードで共通している。
2月1日号日経ビジネスのスペシャルレポート「怒れる白人、トランプをさらなる高みに」で詳しく述べているが、トランプ氏について言えば既存政治に対する怒りだ。
2人のポピュリストを支える2つの怒り
リーマン・ショックに伴う住宅バブルの崩壊で米国の中間層は深い傷を負った。グローバル化の進展によって仕事を中国やメキシコに取られていると感じる向きも数多い。トランプ人気を支える白人労働者階級は将来に対する不安を感じているが、共和党指導部は所得税減税や移民制度改革に力を入れるばかりで、自分たちの声を代弁しているとはみなしていない。共和党内は割れている。
同様に、リベラル色を前面に押し出すオバマ政権に対する怒りもある。同性婚や中絶の容認などオバマ政権の進める政策は保守的な白人層の伝統的価値観とは異なる。保険制度のオバマケアや、銃規制など社会問題に対する政府の関与が拡大していることも気にくわない。それゆえに、移民排斥や貿易における不平等是正など、トランプ氏が唱える過激な言動に快哉を叫ぶ。
「共和党はより右に、民主党はより左に」
一方、サンダース氏の方は社会的不平等に対する怒りである。
格差は世界的な課題だが、米国ではごく一握りの富裕層に富が集中しており、富の二極化が進んでいる。一方で、社会に出た若者は学費ローンの返済や就職で四苦八苦しており、わずかな年金で糊口をしのぐ高齢者も少なくない。こういった不平等を是正するために富裕層やウォール街への課税を強化、公立大学の無償化や公的医療保険制度の整備など、再分配政策を進めるというのがサンダース氏の主張だ。
同氏は1979年以来、今回の大統領選まで無所属を貫いてきた。その主張が民主党の中に収まらないほどにリベラルだったためだが、民主党内に左傾化の流れが生じた影響で、超リベラルなサンダース氏が民主党左派を代表する存在に浮上、不満を抱えた若者の支持を一身に集めている。
「今回の予備選で興味深いのは、2つの異なる怒りを受け止める候補が勝った点だ。共和党はより右に、民主党はより左に振れている」。政治アナリストで、ジョージ・メイソン大学のビル・シュナイダー教授は語る。
この展開は、民主・共和両党の主流派にとって悪夢以外の何物でもない。
全国レベルで高い人気を誇るトランプ氏だが本選で勝ち抜ける候補なのかは疑問も
全国レベルで高い人気を誇るトランプ氏だが、政策的な議論が求められる本選を勝ち抜ける候補なのか疑問視する声は強い。また共和党から立候補しているとはいうものの、トランプ氏は必ずしも保守とは言えず、指導部にすれば従来の保守層の主張を無視しかねない恐れもある。
そのため、一刻も早く穏健派を糾合できる候補に一本化する必要がある。だが、アイオワ州で今後伸びる可能性を示したマルコ・ルビオ上院議員は、ニューハンプシャー予備選前の討論会で自滅した。「人間ジュークボックス」と酷評されたように、ライバル候補の質問に対して同じことを繰り返し述べるという失策を犯したのだ。代わりにケーシック氏が浮上したが、トランプ以下は誰にでも可能性のある団子状態で一本化には至っていない。トランプ氏の快走は保守穏健派の票が割れていることも一因だ。
「信頼できる」と答えた人はわずか5%
民主党の方はといえば、いまだクリントン氏が優勢だが、彼女自身に向けられる信頼が揺らぎつつある。
ニューハンプシャー州の出口調査によれば、「正直で信頼できる候補者はどちらか」という質問に対して、サンダース氏と回答した人は91%、クリントン氏と答えた人は5%に過ぎない。同様に、「人に優しい政治かどうか」という項目ではサンダース氏の82%に対してクリントン氏は17%である。
「本選で勝てるかどうか」という質問ではクリントン氏は79%を獲得しており、本選で勝てる候補だという評価を得ている。ただ、国務長官時代の私用メール問題が尾を引いている上に、大口の献金企業の振り付けや、その時々の情勢で言を左右していると見られており、既得権の代弁者という印象が強い。
南部に行けばまた変わるだろうが、若者だけではなく、幅広い年代の支持を得たサンダース氏に対して、クリントン氏がサンダース氏を上回ったのは65歳以上の高齢者層だけという事実が現状を物語る。
予想外の展開に頭を抱えているのは株式市場も同じだ。
年初から続いている株式市場の動揺。2月11日にはダウ工業株30種平均が254ドル安の大幅下落、日経平均株価も12日に約1年4カ月ぶりに1万5000円を割り込むなど主要国の株式市場は大混乱に陥った。その背景にあるのは中国経済の変調や新興国のリセッション懸念、米国の景気減速への不安などだが、大統領選の不透明感も悪影響を与えている。
大統領が変わる年は株価も下落
S&PキャピタルIQアンドSNLの米国株ストラテジスト、サム・ストーバル氏によれば、現職大統領の2期目最終年は株価が下落することが多いという。同氏の試算では、1944年以降、S&P500種株価指数は、2期目最終年に平均で3.3%下落していた。株価が下落している年は2期目最終年以外にない。
2期目最終年に株価が下がるのは、次の指導者が誰になるのか、不透明感が高まるからだとストーバル氏は言う。市場が最も嫌うのは悪材料よりも不確実性だ。オバマ大統領の最終年で、今年はただでさえ市場が動揺しやすい時期。そこに、保護主義的なトランプ氏や金融規制を明言しているサンダース氏の躍進が伝えられて市場が動揺しているということだ。
「市場が落ち着かないのは、サンダース氏がアイオワ州やニューハンプシャー州で有力な候補者ということもある。彼は極左であり、共和党には職務をこなせそうな候補者が見当たらない」。米資産運用大手ブラックストーン・グループのスティーブン・シュワルツマンCEO(最高経営責任者)は1月下旬、ウォールストリート・ジャーナルのインタビューでこう答えた。これは市場関係者に共通する見方だろう。
サウスカロライナ州では激戦必至
それでは今後はどうなるのか。米政治専門サイトリアル・クリア・ポリティクスによれば、2月20日に共和党の予備選が実施されるサウスカロライナ州ではトランプ氏がトップを独走している。ただ、サウスカロライナ州にはアイオワ州でテッド・クルーズ上院議員を押し上げたキリスト教福音派が強く、トランプ氏とクルーズ氏で熾烈な争いが繰り広げられることは間違いない。
サウスカロライナ州では、トランプ氏と宗教保守の支持を受けるテッド・クルーズ上院議員の間で激しい戦いが予想される
また、ニューハンプシャー州でケーシック氏が2位につけたが、これはケーシック氏がニューハンプシャー州に資金を集中投下した影響で、サウスカロライナ州、ネバダ州などにはまだ強固な支持基盤がない。ブッシュ氏にとっては、サウスカロライナ州は兄のジョージ・ブッシュ・元大統領が勝った縁起のいい場所。巻き返しの可能性は残っている。
同様に、サウスカロライナ州や2月末に党員集会が開催されるネバダ州には黒人やヒスパニックが多く、マイノリティでの知名度が高くないサンダースは苦戦が予想されている。このように、伝統的に有力候補者を浮き彫りにするフィルター機能を果たしてきた序盤2州だが、今回の大統領選は次の展開が非常に読みづらく、過去のセオリーは通じないようだ。
いずれにしても、この2州の結果だけで帰趨を判断することはまず不可能。3月1日のスーパーチューズデー、あるいは3月15日のフロリダ州予備選まで候補者の絞り込みは進まないかもしれない。分かっているのはただ一つ、この異例づくめの候補者選びがしばらく続くということだけだ。
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