日米首脳会談は、日本にとって満額回答に近い結果だったが、それは政府高官の就任が遅れているなど、トランプ政権が事実上、スタートできていないというタイミングに恵まれたことが大きい。だが、春以降、トランプ政権の通商・経済チームの体制が整えば、日本への要求が強まる可能性もある。丸紅米国会社ワシントン事務所長の今村卓氏が解説する。

 2月10日、11日の日米首脳会談において、安倍首相は「現在のトランプ大統領」から引き出しうる成果としては最大限に近いものを得たと思う。

 安全保障分野では、両首脳が日米同盟の強化で一致し、尖閣諸島に日米安全保障条約が適用されることを確認し、北朝鮮の脅威に日米共同で対処する方針を示した。トランプ大統領は、昨年の大統領選では日本に米軍の撤収の可能性にまで言及して駐留費の負担増額を求めるなど、同盟軽視の姿勢が明らかだった。2月3日には訪日したマティス国防長官が日米同盟重視を明確にしてはいたが、首脳会談でトランプ氏自身が日本との連携重視の姿勢への転換を明言し、駐留費の負担増額に言及しなかったことは非常に重要である。日本にとって満額回答に近いだろう。

 しかも11日(米国東部時間)には北朝鮮がトランプ政権の発足後では初めて弾道ミサイルを発射、日米両国の挑発に出た。安倍首相とトランプ大統領は首脳会談で北朝鮮に核・ミサイル計画放棄を強く求めた直後であり、両首脳は11日にも共同記者会見を行い声明を発表して北朝鮮を強く非難、日米同盟の緊密化と強化を改めて確認する結果になった。

 通商・経済分野でも、麻生副総理とペンス副大統領らによる日米の分野横断的な経済対話の創設で合意が得られ、日米FTA(自由貿易協定)交渉入りや為替問題は議論されなかったなど、日本にとって一定の成果となった。会談前には、TPP(環太平洋連携協定)離脱を決定して二国間交渉に集中する姿勢を明確にしたトランプ氏が、成果を急ぎ日米FTA(自由貿易協定)の交渉入りを求めるとの見方があった。また、同氏が最近も日本の為替政策を通貨安誘導と批判を強めていたため、会談で為替問題を取り上げる可能性も指摘されていた。どちらも現実になっていれば、日本にとって非常に厳しい首脳会談になっていただろう。

 しかし、トランプ氏はどちらも取り上げることはなく、新たな経済対話のテーマも、財政・金融などマクロ経済政策の連携、インフラ・エネルギー・サイバー・宇宙での協力、二国間の貿易枠組みの協議に収まった。為替問題は従来通りに、専門である財務相間で協議することで合意した。

意外にトランプ大統領にも望ましい結果

 今回の日米首脳会談の通商・経済分野の成果は、トランプ大統領の最近の発言からみれば意外ともいえるものだった。トランプ氏は、日本の為替政策は通貨安誘導、日米間の自動車貿易は不公正と強く批判していたのである。しかしトランプ氏は、会談後の記者会見において通貨安誘導の阻止を強調したぐらいであり、日本を名指しはしなかった。しかも、会談から翌日のフロリダ州での両首脳のゴルフ、最後の夕食会まで、あくまで報道とトランプ氏のツイートを見る限りだが、筆者にはトランプ氏が会談の結果に不満を持つどころか、逆に楽しんでいたように思える。

 実は、トランプ氏にはそうなる理由が十分にあった。大統領就任から3週間を経たばかりで、早くも政権運営は壁に直面していた上に、信頼できる有能な側近を欠いて議会の共和党指導部との関係も緊密ではないため、トランプ氏の孤立感も強まっていた。

 そこに個人的な友好関係を深めようと日本の安倍首相が訪問してくれたのだから、厚遇は当然だったのだろう。しかも日米関係は、手詰まりの問題を抱えた内政や他の外交課題と比べれば、問題ははるかに少ない。トランプ氏には、為替問題や自動車貿易で日本に不満はあるが、今は解決策の要求を先送りして構わないし、それに支持層が反発するような状態ではなかった。そうなると、日米首脳会談からゴルフまで安倍首相と過ごす時間は、現在直面している他の重要課題から逃れ、リラックスして親交も深められる貴重な機会になる。逆にいえば、日本は日米首脳会談を設定した2月10日というタイミングに助けられた面もあるだろう。

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