安全保障・経済の両面で一定の成果があったと評価される日米首脳会談。しかしトランプ大統領の発言の中には、表面的な意味とは違うメッセージが込められた複数のキーワードがあった。
2月11日、フロリダ州のトランプ氏別荘で対話する安倍首相とドナルド・トランプ米国大統領(写真:ロイター/アフロ)
「安全保障は満額、経済は及第点」と政府関係者が自己評価する今回の日米首脳会談。特に何を言い出すか予測不能のトランプ大統領が相手だけに、予定外のハプニングの発言を恐れていた。結果は記者会見も事前のおぜん立て通りで、ホッと胸をなでおろしているのが正直なところだろう。
短時間の首脳会談直後に共同記者会見を済ませ、ここまでで「内外に安心感を与える」との日米共通の目的が達成された。しかし、これは単なる序曲に過ぎない。フロリダでのゴルフ外交がトランプ大統領にとって「本番」だったようだ。共同記者会見において、トランプ大統領が「フロリダで長時間の交渉をするつもりだ」と発言したことは要注意だ。随行者が限られた中での交渉内容は、今後どこまで表に出てくるのだろうか。
経済の目玉「ハイレベル経済対話」
日本側の仕掛けの意図は明確だ。キーワードは「個別」ではなく「包括」、「交渉」ではなく「対話」だ。実は過去の日米関係においても同様の仕掛けがあった。16年前、クリントン政権に代わって、ブッシュ政権が発足した直後にスタートした「次官級経済対話」がそれだ。日米双方の主要経済官庁のトップ同士による対話の場だ。
アジェンダとして個別分野での対立だけにならないよう、極力日米が協力して取り組める分野を探し出していた。当時、私は経産省でこのアイデアを持って、ブッシュ政権発足前から米側に対する根回しに奔走していた。日本たたきが激しかったクリントン政権に代わって新政権になった機会に、これからは個別摩擦に終始する関係を避けようという考えからだった。通商当局者は、時代が変わっても似たような発想になるものだ。
さらに今回はもう一つ特殊事情が加わっている。トランプ大統領の過激発言に振り回されずに、ペンス副大統領をトップとする経済対話の中でコントロール、マネージしていこうとの意図だ。
今回の首脳会談で、今後のトランプ政権との付き合い方を枠組みとしてセットして、ある種タガをはめることができたのは、取りあえず第一歩としては成功と言えよう。ただし問題はこれからだ。何を議論するかは米側の経済閣僚、政府高官が出揃ってから両国間で詰めた議論がなされるだろう。今、明らかにされている議論予定の3分野はあくまでも、日本側の説明であることに注意すべきである。
例えば、貿易に関しても、日本は貿易・投資のルール作りに力点を置こうとしている。しかし米側が関心あるのは自動車、農産物などの個別分野での実利だ。こうした問題も「二国間の貿易の枠組み」を議論する中で当然持ち出してくるだろう。こうした綱引きがまさにこれから始まろうとしているのだ。
「二国間の枠組み」の意味とは
この「二国間の枠組み」という言葉が最も注目すべき点だ。「米国がTPPから離脱した点に留意し、この目的を達成するための方策として」であるから、当然TPP(環太平洋連携協定)に代替する日米FTA(自由貿易協定)が含意されているのが自然だ。米側もそう受け止めているだろう。
日本政府の表向きの説明は「二国間協定については議論がなかった」ということだろうが、明示的に「協定」と言うことを避けるために、敢えて「枠組み」という間口の広い、漠然とした概念にしているのだ。日本政府としては、あくまでもTPPの旗は降ろせない立場だ。国内的にもそうだし、TPPの他の参加国との関係でもそうだ。また日米間の二国間協定では日本の交渉ポジションが弱く、不利になることからできれば避けたいが、米側の要求を全く拒否することも安全保障を考えると難しい。そこで編み出された知恵が「二国間の枠組み」だ。
なお同時に、共同声明では「日本が既存のイニシアティブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進する」という文言も入っている。これは日本がTPPを引き続き推進することを米国としては黙認することも含まれる。従って、そのバリエーションの一つとして、今後仮に豪州などが提唱している「米国抜きのTPP」の選択肢に乗ったとしても、日本としては米国に「仁義を切った」ことになろう。
トランプ大統領は共同記者会見の冒頭で注目すべき危険な言葉を発している。それが「互恵的(レシプロカル、reciprocal)」。目指すべき貿易について「自由で、公平で、互恵的な」と言ったのだ。日本のメディアは気づいていないようで、中には誤訳しているものさえある。
しかしこれこそ「衣の下の鎧」なのだ。
「互恵的」とは一見、当然のようで、それ自体反対しづらい概念だ。そこに落とし穴がある。80年代、貿易摩擦が激しかった頃、この言葉を振りかざして、欧米は日本に対して、貿易不均衡の是正、市場開放の要求をしてきたのだ。それを「相互主義(レシプロシティ、reciprocity)」という。
恩恵(ベネフィット)も両国でバランスすべきだ、という意味で「バランス オブ ベネフィット(BOB)」という言葉も併せて危険用語であった。当時、厳しい通商交渉に直面していた我々は、これらの言葉に敏感に反応して身構えていたものだ。
その言葉をトランプ大統領は共同記者会見の場で発言した。しかも紙を見ながらの発言であって、たまたまではなく、予め用意されたものであることは明らかであるだけに要注意だ。共同声明には「自由で公正な貿易」と書いているにもかかわらず、敢えてそこに「互恵的な」を付け加えている。さすがに共同声明の作成では日本政府は反対したのだろう。だからこそトランプ大統領は自ら発言したようだ。
「公正」とはどういうものか解釈が曖昧だと指摘する論者もいるが、そのようなことよりももっと本質的に大事な言葉を見逃している。長年貿易摩擦とも遠ざかっていると、このようなことに対する感度も鈍ってはいないだろうか。
「対話」でなく「交渉」と発言
またトランプ大統領は、日米が合意した「対話」という言葉ではなく「交渉」とも発言している。日本政府が共同声明の文書のうえで工夫しても、我々はこういう言葉に米側の本音を垣間見ることができる。今後、経済対話の中で、「相互主義」の観点での要求を振りかざして、「交渉」してくる危険性を秘めていることに気づくべきだろう。表面的な説明だけではなく、本質を見極める目を持ちたい。
米中関係を見極める
日米首脳会談の直前に米中首脳間で電話会談が行われ、関係者を驚かせた。これはトランプ政権のしたたかな戦略をうかがわせる。日本に対しては、首脳会談前に中国との関係改善を見せて、相手を不安にさせて揺さぶることができる。中国に対しては、マティス国防長官の韓国、日本訪問で牽制しておいたうえで、日本よりも前に米国と首脳間で話ができて喜ばせる。まさに絶妙のタイミングでカードを切ったと言える。
そういう意味では、日米首脳会談での厚遇に喜んでいる場合ではない。今後の米中の動きを見ながら、日本もしたたかなゲームプランが必要だ。例えば、経済対話の今後の段取りにおいても、米中の動きも視野に置きながらの冷静な対応が必要だ。
米国にとって最大のターゲットはあくまでも中国である。米国の貿易赤字の約半分を占め、自動車とともにもう一つの米国にとっての政治銘柄である鉄鋼問題が最大のテーマだ。この米中間の経済問題の動きを見ながら、日本はじっくりゲームプランを考えるべきで、急ぐことは決して得策ではない。
日本はどうしても日本からだけ見て、米国に過剰反応しがちであるが、それが要注意だ。米国から見れば、中国問題の方が圧倒的に大きい問題である。米国政府は経済分野を見れば、当面、NAFTAの見直しや対中問題に忙殺されるだろう。そういう全体感から日米関係を相対化して見る視点が必要だ。
日米関係はある意味では「米中関係の従属変数」だということを忘れてはならない。
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