伊藤忠商事の岡藤正広社長(66歳)が、慣例の任期6年にこだわらず続投を決めた。辞められないのは、「ファミマ・ユニー統合問題」と中国CITICへの巨額投資があるからだ。ファミリーマート側との確執も報じられる中、岡藤社長が続投の真相を語る。(聞き手は大竹剛)
岡藤社長は続投に当たり、ジム通いに加えて食事制限もして健康な体を取り戻した(写真=的野弘路、以下同)
社長任期6年という慣例にこだわらず続投を決めました。なぜですか。
岡藤:6年というのは原則で、必ずしも6年でないとダメだということではないんですよ。まあ、僕自身は今期が最後だと考えて、それに照準を合わせてラストスパートをかけてきたんです。僕はオーナーでも何でもないし、6年走ってバトンを渡して、あとはどうなっても仕方ないと。引き継いだ後のことを、あれこれ考えたらきりがない。
しかし、なかなか自分で進退を決められない面もあるんですよね。メーンバンクや海外の提携先、株主、OBなどからいろいろ声がありました。
今期、ひょっとしたら純利益で商社1番になれる。それを一瞬で終わらせず、もっと勢いをつけないとダメ。ある程度それを定着させないと。そんな大切なときにトップが代わると組織は停滞しますよね。社員は人事のことばかり探りを入れて。引き継ぎやら何やらで毎日会議ばかりして、ほとんど外との仕事ができなくなって会社が機能しなくなる。
やっぱり、今はトップとの差を縮めるチャンスでもあるわけだから、続けるのは仕方ないなと。まあ、周りから続けるべきだと言われているときに辞めるのが一番いいんですが。そのうちに、「もう辞め、辞め」と言われて、最後にボロボロになって辞めるというのもつらいでしょう。けれども、特に大きな問題をかかえているので、ある程度、僕の段階でめどをつけて、それでバトンタッチしたほうが、次の人も楽だろうし、会社もその方がいい。
「ライザップ」で心身ともにやる気満々
昨年後半から、自分なりに6年で辞めたらこういう生活をしようと、いろいろ考えていたんですね。ずっと辞める気でいたから、気持ちはぐーっと沈んどった。気持ちをもう一回盛り上げるのは難しいよね。そこで(フィットネスの)ライザップに行ったんや。
しっかり、週2回通われていますか。
岡藤:おお、行ってる、行ってる。昨日も行った。体の調子が全然違うよ、やっぱり。気持ちもポジティブになるね。僕はこれまで、そういうことをしなかったんだ。実は、生活習慣病というやつで、体があれこれ相当悪くなってね。血糖値やら中性脂肪やら。
それで今年からライザップに行き始めて、18日間で血糖値も尿酸値もすっかり良くなって、今は心身ともにものすごくポジティブでやる気満々(笑)。
警鐘はファミマへの「親心」
そのやる気の向かう先が、傘下のファミリーマートとユニーグループ・ホールディングス(GHD)の統合、そして巨額投資をした中国最大の国営企業CITICですか。
岡藤:やはり大きいのは、商社で1番になって、それを定着させる地固めをしようというときに、大きな失敗をしないようにしないと。そういう意味で言うと、ファミリーマートとユニーの統合は、特にそうかも分からんね。これはチャンスでもあるし、リスクでもあるわけですよね。
我々は統合には全く反対してない。というのは、僕が社長になる前からユニーの株を3%持っていたし、ファミリーマートとサークルKサンクスの統合も考えていたんです。でも、なかなかそのときはうまくいかなくて、一時的に決裂してそのままになっていた。
ただ、今の我々の立場を例えて言うなら、親として子供に警鐘を鳴らしているということです。結婚に対してね。
我々はファミリーマートの一番の大株主で、統合が失敗したら大変なことになるからな。もちろん、これからコンビニは店舗を増やさなければならないから、統合は千載一遇のチャンスです。これは事実です。我々もそれは認めている。
しかし、今回一緒になるGMS(総合スーパー)を経営する難しさを過小評価していないか。そこが怖い。熱くなって結婚に前のめりになっている子供に、もっと冷静になれと言っているんです。
イトーヨーカ堂にしてもイオンにしても、あれだけのプロがやっても経営が難しくなっている。GMSは、ビジネスモデル自身がもう、過去のものになりつつあるとも言われていますよね。我々は統合に3つの条件を出しましたが、正直、そのどれもほとんどクリアできていない。
全面的に支援、ただし、グリップは利かせる
ファミリーマートの株式を買い増すことを決め、統合新会社に対しても引き続き議決権の3分の1以上を握ります。
岡藤:投資をするなら中途半端ではなく、しっかりグリップを持たないと。しかし、追加取得には300億円強の資金が余分にいるわけですね。「伊藤忠には(小売りのことは)分からへん」なんて言わずに我々が言うことにも耳を貸して、統合までにやるべきことをやってほしい。
もちろん、婚約したんだから親としては全面的に支援しますよ。ただし、言っておきたいのは、もし、コンビニで稼いだカネを持ち株会社経由でGMSの立て直しに使おうというようなことを考えているのなら、それはあかん。現状のままで一緒になって、頼みますわ、ではあかんわな。結婚してから内輪もめして離婚することになったら、どないする。それこそみんな傷つくわね。
ファミマの社長、経営のプロに任せるのはいい
ファミリーマートとユニーGHDの統合後のトップ人事では、ファミリーマートの新社長に経営支援会社リヴァンプの澤田貴司社長兼CEO(最高経営責任者)が就きます。澤田氏も伊藤忠出身ですが、面識はありますか。
岡藤:澤田さんが伊藤忠を辞めたのは僕が東京に来る前で、それほど親しくないわな。澤田さんは(ファミリーマート社長の)中山(勇)さんと同期でな。中山さんと(ファミリーマート会長の)上田(準二)さんの方から昨年の秋にそういう話があって、我々としては人事は任すと。ただ、何でもかんでも伊藤忠でやるのではなく、外部から採っておくのは大事ではないかとね。
左から、ファミリーマート次期社長の澤田貴司・リヴァンプ社長、ファミリーマートの中山勇社長、上田準二会長、ユニーグループ・ホールディングスの佐古則男社長、サークルKサンクスの竹内修一社長
上田さんは伊藤忠出身というけど、16年間もファミリーマートにいるんだから。しかも、コンビニがぐーっと大きくなるときに一緒にいたからよく知っているわいな。中山さんは、コンビニが大きくなってから行ってまだ3年。しかもこれからは、持ち株会社で経営の立案とか、そういうのもやらないといけない。ガバナンスさえしっかりすれば、経営のプロに任せてもいいのと違うか。
だから、そういう話が出たときは、それはいいんじゃないということになった。ただ、澤田さんも顔が広く、いろいろなところの社外役員をやっていたりするから、調整に時間がかかったのだろう。
中国は「空気」読んで慎重に攻める
もう一つの経営課題であるCITICとの提携については、具体的な案件がなかなか動き出していません。
岡藤:CITICに関しては、しっかり持ち分法利益の取り込みができているので、ええんちゃうの。そもそも(今回のように)お金を出せば確実に取り込み利益を取れるような案件は、なかなかないんだよな。長期的に企業価値を上げれば含み益も持てる。CITICへの出資は誰もができる案件ではないし、我々だってチャロン・ポカパン(CP、タイ大手財閥)と折半出資するSPC(特定目的会社)を通じて10%の株式を取得する交渉は、どれだけ大変やったか。
CITICへの出資は、伊藤忠にとってエポックメーキングなプロジェクトで、これからいろいろな可能性が出てくる。ほかの商社は今どきになって慌てて減損しているけど、我々は早く減損して、しかもここに投資したおかげでいろいろと新しい情報が入ってきて、それを今、仕込んでいるわけですな。他商社は慌てて今から非資源をやらないといかんと言っているけど、我々もう何年も前からそれをやっているわけだよ。
(具体的な案件がなかなか動き出さないと言うが)今は、商社全体が資源価格の低迷で沈滞化しているやろ。そんな中で慌ててやると、いやらしいなと。分かる?空気読まなあかんわな、ある程度は。
岡藤社長でも空気を読みますか。
岡藤:それはやっぱりな。いつも攻めるんじゃなくて、強烈な逆風が吹いているときには無理したらダメだと。利益だってもっと出そうと思ったら出るけれども、予算でいいと。周りが業績をぼんぼん下げているからな。
ブラジルの問題、解決してシャンパンで祝杯
減損できるものは、今のうちにやってしまうと。
岡藤:そうそう。しかも、新しい投資だって、今は焦ってやらなくてもいいと。じっくり待って、小出しにしていかないとあかんな。もちろん、社員にはやれと言ってるで。水面下では着々と進んでいる。だけど、判断は慎重にしている。
去年は、(米国の建材販売会社)プライムソースを売却して約1000億円入ってきた。あれは去年やったからよかった。今年だったら、ファンドからあれだけのカネは出てこなかったでしょう。ブラジルだって、これからえらいことになるでと言って、(株式の約2割を保有していた鉄鉱石事業会社)ナミザの問題を解決すべく早くから取り組んできた。昨年12月には(現地の鉄鋼大手との)統合が実現し、約800億円が入ってきた。うちの担当者はみんなでもう、シャンパンで祝杯をあげよったんや。
投資の決断、撤退のタイミングが絶妙なようにも聞こえますが、とはいえ、これだけ世界経済が動揺しているのは、巨額投資をした中国の経済減速が背景にあります。大丈夫ですか。
岡藤:中国も日本もそうだけど、重厚長大産業が低迷しているのであって、3次産業はどんどん伸びている。特に、日本の商品に対する消費なんかを見ていると、今回の春節は多少下がるかも分からないと言われていても、実際はどうか。中国の国民全体の消費に対する欲望というのは、まだまだ強い。ネット販売なんか、すごいでしょう。
財閥系商社に勝つために非資源にかけてきた
だから、我々はそこを狙っているわけですね。財閥系商社には、資源では勝てない。彼らは昔から、電力会社と組んで海外で大きな資源開発をやってきたわけ。電力会社などとの長期契約が、資源事業の後ろ盾になってきた。我々もやる気はあったけど、その昔、電力会社に相手にされなかった。だから、自分たちの主流である繊維から生活関連に進んだわけです。
この生活関連を伸ばすには、どうしても日本から離れて中国やアジアに行かざるを得ない。これらの地域はこれからどんどん消費が伸びてくるわけで、当然、狙わないといかんわな。狙うには、そこの強力なパートナーと組もうという戦略の一環なんですね。
財閥系商社は、資源バブルのときに大儲けした。それがはじけて、これからは資源ビジネスの難易度がもっと高くなる。もちろん、彼らは経験もあるし、きっとリスクをマネージしていくでしょう。商社というのはみんな、そういうリスクに挑戦してきたわけですから。
我々もそうです。資源で勝負せずに、非資源の生活消費関連で、中国やアジアでちゃんと計画通りに進んできている。中国は今、景気が悪いということはあるけれども、我々は確信を持ってやっているわな。中国人の食の安心・安全に対する欲望というのはものすごく強いものがあるし、日本の商品や技術に対する憧れもあるんですな。
死ぬまで「続投」するかも
ファミマ・ユニーの統合と中国。2つの経営課題にめどがつくまで社長を続けられるとのことですが、岡藤社長が考える「めど」とは何でしょうか。
岡藤:これ、難しいのは、うちの社外役員からも言われているけど、何年で辞めますと言ったらレームダックになってしまからあかんと。そういうことがあるでしょう。
やっぱり我々が思う以上に、トップが代わるとなると社員は動揺するんです。ちょっとはしかい奴が、次の人間に賭けたりしよるな。だから、今回延びて、がっくりした奴がいるか分からないな。
そんなことではダメなんだよな。1人の人間として、伊藤忠の業績を上げて、ライバルに勝つんだということに集中しないと。社長が代わったらどうしたらいいとか、そんなこと気にしたらあかん。
だから、いつということは言わずに、辞めるときは社内放送で急に『辞めます』と言う。それぐらいでやらないと。10年か、死ぬまでか、いつまで続けるか分からないよ。
でも、僕もそんな体力があるわけじゃないし、毎年、ライザップ、続けるわけにいかんしな(笑)。
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