クックパッドの“お家騒動”にようやく出口が見え始めた。同社は2016年2月5日、自身を除く取締役をすべて交代する株主提案をしていた創業者・佐野陽光氏との間で、取締役選任議案を一本化することで合意したと発表した。佐野氏の意向をくみ取った取締役選任案を指名委員会で審議・決定し、3月の株主総会に提出することになる。
1月19日に明らかになった株主提案で、佐野氏は「従来のクックパッドの強みであるレシピ事業や会員サービスをないがしろにし、食とは関係のない事業の多角化を進めている」と、穐田誉輝(あきた・よしてる)社長ら現経営陣を強く非難。取締役を交代し、自らが社長に就く提案を3月の株主総会に提出する運びとなっていた(関連記事:クックパッド騒動は最初から異種格闘技戦だった)。その提案に関して、2月5日午前、現経営陣と佐野氏が歩み寄りを行い、一本化を目指す方向で合意した。
同日夕方、クックパッドは投資家・アナリスト向けの決算説明会を開催した。2015年12月期の連結決算は、売上高147億1600万円、営業利益は65億4400万円、純利益40億9000万円。レシピサービスの月間利用者数は5755万人と6000万人の大台が見えてきた。決算期や会計基準の変更があるものの、前年同期比で売上高が1.6倍、純利益が1.7倍と業績を拡大させた。
クックパッドの連結業績
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2015年12月期通期 |
前年同期比増減 |
2014年1-12月 |
売上高 |
147億1600万円 |
+60.7% |
91億6000万円 |
営業利益 |
65億4400万円 |
+65.7% |
39億4900万円 |
税引き後当期利益 |
40億9000万円 |
+69.8% |
24億800万円 |
※2015年12月期よりIFRSを適用。2014年1月~12月の期間は、重要な部分について日本基準とIFRSの差を取り込んで作成した数値
穐田氏は説明会で、佐野氏が「ないがしろにしている」としたレシピ事業や「食」関連の事業も好調であることを強調。プレミアム会員の増加傾向が鈍化していることは経営課題としながらも、新サービスを投入するなどの施策や、NTTドコモとのレベニューシェアモデルが利益増に貢献していることなどを挙げた。
佐野氏が中心となって取り組む海外事業については、特に米レシピサイトのALLTHECOOKSの買収について「正直なところ上手くいかなかった」(穐田氏)と明言。2月2日には、ALLTHECOOKSの親会社であるCOOKPAD Inc.(クックパッドの米子会社)で特別損失9億300万円を計上したと発表した。ALLTHECOOKSの月間利用者数が当初の計画を大幅に下回り、減損処理を実施したことが影響した。
穐田氏はALLTHECOOKSの現地責任者との契約を解除し、クックパッド主導のサービスで改めて米国市場を攻めていくと説明。米国以外の海外市場に関しても、プラットフォームを統一することでさらなる成長を目指すと説明した。
「10年来方向性違うが、切磋琢磨してきた」
説明会の質疑応答では、穐田氏が続投するのかという質問が相次いだ。それに対し穐田氏は「指名委員会が決めるものだが、指名されればやる」と回答。また、佐野氏との関係についても「10年来方向性は違うし、今後もそれは変わらない。一方、そうだからこそ切磋琢磨してこられたという側面もある。戦略も組織も歩み寄るつもりだ」と述べた。
一本化の発表と決算を受けて、週明け2月8日月曜日の株価は20パーセント以上上昇。2月9日には騒動以来初めて、一時2000円台に株価を戻した。
一件落着に見える今回の“お家騒動”だが、火種はまだくすぶる。今後の人選だ。穐田氏に近い関係者は「穐田さんの性格からして、佐野案が色濃く残る流れだったら辞めるはず。ある程度自分寄りにできると踏んでいるのではないか」と話すが、誰が取締役に選任されるかは不透明なままだ。ドイツ証券の風早隆弘シニアアナリストは「穐田氏が経営メンバーから急にいなくなるというのが最大のリスク。好調な業績を今後も継続させるには、穐田氏の経営参加が条件になるだろう」と言い切る。
さらに、今回の件が禍根を残すことを心配する声もある。2人の間にはもともと、仲違いがあったり、いがみあったりといったことはなかった。例えば、2015年4月にクックパッドに入社した元暮しの手帖編集長の松浦弥太郎氏は、佐野氏が穐田氏に紹介し、穐田氏とも意気投合したことから、入社に至ったという。ここ半年以内でも、佐野氏と穐田氏が社内で和気藹々と話をしていた姿が目撃されている。
しかし、「黎明期からクックパッドを知る貴重な人材」(佐野氏)として2012年4月に佐野氏から社長を引き継いだ穐田氏には、自らが業績を急拡大させたという自負もある。「そうした経緯も飲み込んで今回は穐田さんが“大人の対応”をしたが、きれいさっぱりなかったことにして、これからもこれまで通り仲良くしましょう、とはなかなかいかないのではないか。ここまでのことを佐野さんにやられては、2人の関係がこじれないとも限らない」(前出関係者)。いちよし経済研究所の納博司主席研究員は「(佐野氏と穐田氏の)2人が理解し合って事業を進めるのがベスト。どちらが欠けてもダメで、2人がそろっていることを評価していた」とし、2人の間に残る可能性のある「埋められない溝」を懸念する。
権限委譲、どうあるべきか
創業以来一貫して「料理を楽しみにすること」を掲げるクックパッド(写真は同社コーポレートサイト)
今回の問題は、企業における権限委譲の難しさを改めて浮き彫りにした。
クックパッドは、慶應義塾大学環境情報学部の熊坂賢次教授を委員長とした社外取締役5名と佐野氏からなる指名委員会を設置している。指名委員会は、株主総会に提出する取締役の選任・解任議案を決定する権限を持つ機関だ。
会社法に詳しい平林健吾弁護士は「今回のケースでは、創業者、大株主、取締役として会社に多大な影響力を及ぼしているであろう佐野氏であっても、社外取締役が過半数を占める指名委員会が決定する取締役選任議案の内容をコントロールできず、株主提案権の行使という手段にでるほかなかった。指名委員会等設置会社という制度を選択したことがガバナンスにある程度寄与した結果ともいえる」と解説する。一方で、「指名委員会等設置会社であっても、例えば社外取締役が経営陣の“お友達”であれば、制度自体が絵に描いた餅になることもある」(同)と企業の制度設計の難しさを指摘する。
ドイツ証券の風早氏は「クックパッドのような優良企業であっても、こうした問題に直面することがある。世代交代や権限委譲をする過程で、資本構造と経営構造をどうバランスよく保っていくべきかということを考えさせられるよい事例になった」とし、今後の同社の一層のガバナンス強化を求める。
今後、クックパッドは指名委員会を経て、取締役を選任、3月24日の株主総会に諮る。これ以上こじれれば、社員の士気やその先にあるサービスにまで影響が出かねない。「サービスやブランドの毀損は微少」(いちよし経済研究所の納氏)な段階で、いち早く火消しをする必要に迫られている。
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