安倍政権、日米首脳会談前の舞台裏
国防長官発言に一安心、波乱要素は読めないトランプ氏の言動
トランプ米大統領の就任後初となる日米首脳会談が10日に米ワシントンで行われる。安全保障や貿易など幅広いテーマが議題となるが、日本政府はトランプ氏の発言などに振り回されながら準備を進めてきた。困惑と安堵が入り混じる舞台裏の一端を検証する。
安倍晋三首相とトランプ米大統領は10日にワシントンで首脳会談を開催。その後、安倍首相はフロリダ州のトランプ氏の別荘を訪問し、一緒にゴルフを行う予定だ。
2日目は「ゴルフ会談」
ゴルフは安倍首相とトランプ氏の共通の趣味。昨年11月のニューヨークでの初会談の際、安倍首相が日本メーカー製のドライバー、トランプ氏はゴルフウエアをそれぞれ贈り、早期のプレーを約束した経緯がある。
会談やゴルフを通じて親密な信頼関係の構築を目指す安倍首相。昨年の会談後には「トランプ氏は信頼することができる指導者であると確信した」と発言していた。
ゴルフを楽しむトランプ氏=2012年。(写真:写真:Brian Morgan/アフロ)
だが、大統領就任後もトランプ氏は「米国第一主義」の立場を変えず、日本の自動車業界や金融・為替政策への批判を展開しており、日本政府や経済界にはトランプ氏への警戒感が広がっている。
10日の会談ではこうした日米間の貿易や安全保障問題など幅広いテーマについて協議される見通しだ。
ただ、トランプ政権は発足直後でスタッフが整っていないことなどから、今回は事務レベルでの事前の議題設定や議論の方向性に関する調整は通常の首脳会談のケースに比べ詰まっていない。日本側にとっては、トランプ氏の出方が十分に把握できていないのが実情だ。
これまで多くの首脳会談をこなしてきた安倍首相だが、「いつも以上の真剣勝負になるはずだ」と安倍首相に近い自民党議員は指摘する。
そうした状況下で、日本政府にとって大きな安心材料となったのが2月3~4日に日本を訪れた「狂犬」の異名を取るマティス米国防長官の発言だ。
安倍首相との会談でマティス氏は日米同盟の強化で一致し、沖縄県の尖閣諸島が日米安全保障条約第5条に基づく米国の対日防衛義務の適用対象だと明言した。
さらに中国を念頭に「米国は尖閣諸島に対する日本の施政を損なおうとするいかなる一方的な行動にも反対する」と表明。トランプ氏が選挙戦で触れていた在日米軍駐留経費の日本の負担増については言及せず、稲田朋美防衛相との共同会見で質問に答える形で「日米の経費分担は他国が見習うべきお手本だ」と踏み込んだ。
安倍首相は約50分の会談に続き、稲田氏主催の夕食会にも途中で参加するなど政権のキーマンであるマティス氏の歓待に注力した。
一連の会談後、安倍首相は周辺に「物静かで重厚感のある人物だった。全ての認識について一致した」と満足げに語っている。対北朝鮮での連携なども確認し、ひとまず安保分野での懸念が解消した形だ。
「狂犬」との会談は「全て一致」
安倍首相は一連のマティス氏との会談を踏まえ、首脳会談でも尖閣諸島が日米安保条約に基づく対日防衛義務の適用範囲であることを明確にし、日米同盟関係の強化に協力して取り組んでいく方針を確認したい考えだ。
ただ、トランプ氏の言動は閣僚と一致しないことも多く、首脳会談時の出方はなお不透明だ。トランプ政権が今後、防衛費の増額や自衛隊の活動拡大などを求めてくるとの見方は根強い。
こうした懸念に先手を打つ形で安倍首相はマティス氏に自らの持論である防衛力強化の方針を表明。自民党は首相官邸の意向を受け、防衛費増額に向けた議論を本格化させる方針だ。
首脳会談で最大の焦点となるのが自動車を中心とする通商問題だ。日本との自動車貿易を「不公平だ」と繰り返し非難するトランプ氏は1月28日の安倍首相との電話協議で、日本の自動車企業による米国内での雇用創出を要請した。今回の首脳会談でもトランプ氏が自動車問題に言及する公算が大きい。
「一方が利益を得ているのではないと説明し、反論すべきところは反論していく」。国会答弁でこう語った安倍首相はトランプ氏の出方に応じて、1999年から2015年にかけて日本車の米国現地生産が年150万台増加し、関連部品会社や販売店を含めた雇用創出が150万人に及ぶことなどを説明し、理解を求める考えだ。
これに関連し、注目されたのが2月3日の安倍首相とトヨタ自動車の豊田章男社長との会談だ。タイミングが絶妙だっただけに、急遽設定されたかのような印象を与えたが、数ヶ月前にはこの日の「懇談会」が決まっていたというのが実情だ。
「デフレ脱却を掲げる安倍首相にしてみれば、トヨタにもっと賃上げや国内への設備投資の先導役になってほしいとの思いがある。豊田社長とは微妙な距離もあり、たまにはざっくばらんにご飯でも食べながら話そうという趣旨で設定されたものだった」
関係者はこう明かす。
ちなみにトヨタはトランプ氏の攻勢も意識し、今年1月に今後5年間に米国で100億ドルを投資する方針を表明している。背景に政府関係者の助言があったとの証言も漏れ伝わってくる。
元々の趣旨がどうであれ、安倍首相と豊田氏の会談で、官民が連携して日米間の経済・通商問題に取り組んでいかざるをえないとの危機感が政府・経済界に広がったと言える。
懸念はトランプ氏の会見での発言?
首脳会談では経済連携の進め方を巡っても意見が交わされる可能性がある。就任早々、TPP(環太平洋経済連携協定)の離脱やNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を打ち出したトランプ氏は2国間の通商交渉を重視する方針を鮮明にしている。
政府はこうしたトランプ氏の基本姿勢を1月中旬には把握していた。関係者によると、安倍首相の側近と面会したトランプ氏の娘婿で大統領上級顧問に就いたジャレッド・クシュナー氏はトランプ政権が迅速な実行力をアピールするため米国への投資や雇用増への協力を要請。日米2国間交渉への意欲を強く示唆したという。
政府関係者は「これ以外に様々なルートを通じて日米交渉への働きかけが強まっている」と漏らす。
国会答弁で日米2国間のFTA(自由貿易協定)交渉について「全くできないということはない」と答弁した安倍首相だが、多国間で米との折衝に臨むことができたTPP交渉とは異なり、2国間交渉では経済力で勝る米側からの圧力が高まることが予想される。
政府・自民党内では、自動車など工業品分野で日本が米から一層の自由化を獲得する余地が乏しい一方、農産品分野でより厳しい要求を突きつけられかねないとの警戒感が高まっている。日本の為替政策への対応も大きな懸念材料だ。
このため、政府は官邸と経済産業省幹部が中心となり、米国の雇用創出やインフラ整備などへの包括的な協力策を提案する準備を進めてきた。
実利を重視するトランプ氏へ協力姿勢を示し、「大きな枠組みで議論する」(安倍首相)ことで、自動車など2国間協議への要求にできるだけ焦点が当たらないようにしたいとの思惑が透ける。
政府関係者の間では、首脳会談後の記者会見で、トランプ氏が為替など微妙な問題を巡って不用意な発言をしかねないと懸念する向きもある。安倍首相もこの点を意識しており、トランプ氏に慎重な対応を促す見通しだ。
予測不能のイメージが強まっているトランプ氏だが、安倍首相に対しては「強いリーダー」として敬意を示しているのも事実だ。
日米双方の利益につながる関係構築や世界に広がる不透明感払拭への一歩を示すことができるのか。日米首脳の一挙手一投足に国内外の視線が注がれる時が迫っている。
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