新日本監査法人になお潜む「不安」の種
「改善計画」という器はできたが、本当に出直せるのか
「社外では友人との飲み会でも控えるように」
今年1月初め、新日本監査法人の内部にこんな通達が回った。東芝の不正会計事件で、同社の監査を担当しながら、計2248億円に上る利益水増しを見抜けず、金融庁から3カ月間の新規業務停止と約21億円の課徴金を科された直後のことだ。
新規業務とは、新たな会計監査の受注や、新規株式公開(IPO)、M&A(合併・買収)の助言など。つまり、新たな営業をしてはならないというわけで、友人との飲み会であっても、監査対象になり得る企業の社員がいたりすると営業行為と取られかねない。だから「控えよ」というわけだ。
対象は、一般企業で言えば部長クラスから上のパートナーと呼ばれる社員だけとはいえ、異例の措置だ。前代未聞の巨額課徴金をはじめとした重い処分に、新日本が受けた衝撃の大きさが窺われる対応だった。しかし、新日本は本当に「懲りた」のだろうか。
「監査の質」問題の裏に5つの原因
新日本は1月末、金融庁に業務改善計画を提出した。英公一理事長は不祥事の責任を取って辞任し、辻幸一氏が新理事長に就任。辻氏は、「友人との食事もままならない」という異常な事態の中で、改善計画の提出から動き出す格好となった。
異例ずくめの危機感のせいか、改善計画の中身は、二度と不正を見逃さないように監査の品質を引き上げる仕組み作りや、外部の目が入らないガバナンス(組織統治)の見直しなど、確かにきめ細かい。だが、つぶさに見れば心許ない。仕組みはできたが、本当に厳しい監査ができるのか。実行の段階で「仏作って魂入れず」に陥る恐れも感じさせる。
新日本は、改善計画を策定するに当たって、問題の根本にある「監査の甘さ」を生んだ原因を①外部視線の伴わないガバナンス、②本部主導の監査品質管理、③自己完結的な業務を行う監査チーム、④バランスを欠いた人事制度、⑤変化に対して消極的な組織風土の5つにあったと分析した。
馴れ合いを防ぐ仕組みは導入したが・・・
根本原因 |
①外部視線の伴わないガバナンス |
②本部主導の監査品質管理 |
③自己完結的な業務を行う監査チーム |
④バランスを欠いた人事制度 |
⑤変化に対して消極的な組織風土 |
出所:新日本監査法人の資料を基に本誌作成
①の外部視線の伴わないガバナンスについては、経営の要である理事長選任の際に、従来は前理事長ら最高幹部(代表社員)6人と、一般企業の監査役にあたる評議員13人が指名委員会を組織。ここで理事長候補を1人選び、中堅幹部(パートナー)以上の650人で信任投票をして選んでいた。株式会社と違い、社員出資による組織である分、パートナーの総意を重視した形態になっているが、実態は指名委員会の“内輪”の論理が通りやすかった。
新日本監査法人の業務改善計画の骨子
改革の柱 |
主な改善策 |
透明性が確保された
ガバナンスへ |
・理事長などの選任プロセスの透明化
・社外の視点の導入
・経営執行役員の選任化 |
現場密着型の
監査品質管理へ |
・事業部・地区ブロックにおける品質管理の強化
・本部機能の強化
・監査チームの強化 |
監査品質重視の
組織風土の醸成へ |
・組織風土の改革
・過去の不正事案に関する根本原因の調査
・人事制度の見直し |
改善計画では、指名委員会から社内の最高幹部6人を外し、代わりに社外の有識者3人を入れ、第3者の目を加えて候補を選んだ。その候補も今回は自薦、他薦の中から3人を挙げ、さらに中堅幹部以上による選挙で選出した。辻氏はこの仕組みの中で選ばれた。
これを見れば以前より民主的になったように映るが、選挙自体は、「過去に実施したこともある」(新日本)というから、そこに大きな変化はない。とすれば、カギになるのは第3者の目。しかし、取引先や前理事長の関係者を排除するなど、独立性を義務づけてはおらず、経営の透明性を確保し続けられるかどうか、次の理事長選挙まで見ないと分からないとも言える。
東芝の不正を許した監査の甘さを正すために、改善計画では、法人内の事業部や地区ブロックといった現場組織に監査品質管理委員会、本部側にも監査品質監督会議を置き、不正や監査の甘さを二重にチェックする体制を整えることにした。
また、同じ会計士が長期にわたって同一企業の監査を担当することによるなれ合いを防ぐために、監査チームの幹部メンバーたちのローテーションも厳しくすることにした。これまで、チームのトップである筆頭業務社員は、ある企業の監査を5年担当すると、次の5年間は外れ、その下の幹部会計士(パートナー)は同様に7年担当すると、2年外れることになっていた。それを筆頭業務社員については、5年の担当後は2度と同一企業の監査に戻れず、幹部会計士は5年間外れることにした。
新日本は「成長志向に偏っていた」
こうした点は、形の上では前進と言える。だが、東芝事件で浮き彫りになったのは、不正を見抜けない甘さと共に、企業側の強い要求に屈したと見える監査法人側の立場の弱さだ。監査をする相手は顧客でもあるという根源的な問題である。「監査の現場では、企業側から様々な圧力を受けるケースが多い。だが、それを説得し、契約解除もやむなしという態度で臨まざるを得ないケースも少なからずある」。新日本のある会計士はこう打ち明ける。だが、実際にそれが出来ていたのか。監査法人の世界では、「売上高を上げられるかどうかが法人内での出世のカギ」としばしば言われる。その言葉には、不正は許されないものの、厳格な会計処理を企業に迫り続け、契約を打ち切られると法人内での立場を失いかねない会計士の悩みもにじむ。
辻新理事長は、監査の甘さを指摘されるに至った根本原因の1つを「(組織が)成長志向に偏っていた」とも打ち明けている。もっと監査の質を追求すべきだったという反省のようだが、今後は契約を打ち切られることがあっても、厳格な会計処理を求める会計士の評価を高くするといった明快な姿勢も示していない。
新日本に問われるのは、仕組みの整備よりも会計士としての精神をどこまで高めていけるかなのだろう。改善計画という器はできた。だが、本当に出直せるかどうかはこれからだ。
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