初の首脳会談に臨んだ米トランプ大統領と英メイ首相。「特別な関係」を繰り返し強調した(写真:ロイター/アフロ)
テリーザ・メイ英首相にとっては、限りなく満点に近い会談だったのではないだろうか。
米国時間の1月27日、メイ首相はホワイトハウスでドナルド・トランプ大統領との会談に臨んだ。トランプ大統領にとっては、メイ首相が20日の就任後初めて会談する外国首脳。その外交手腕に、世界が注目した。
メイ首相にとっても、今回の英米会談は重要な意味を持っていた。EU(欧州連合)との離脱交渉を控える英国にとっては、米国との関係をできるだけ深めることが、EUとの交渉を有利に進める上でも大切になる。訪米前から、メイ首相は米国との「ユニークで特別な関係」を繰り返し強調していた。
もっとも、トランプ大統領周辺は、会談直前まで揺れていた。会談の前日の26日、トランプ大統領は、メキシコとの国境に壁を建設する大統領令に署名。これにメキシコのペニャニエト大統領が反発し、予定していた会談の中止を発表するなど、ピリピリしたムードが続いていた。
「米国第一」を掲げるトランプ大統領にとっては、英国との関係構築を急ぐ優先度は低い。英国では当初、会談は形式的なものに終わる可能性も危惧されていた。
しかし、蓋を開けてみれば、英米首脳会談は、そんな不安を払拭するような内容だった。少なくともメイ首相にとっては、今回の会談で望んでいた2つの約束をトランプ大統領から取り付けることができた。
一つは、米国との2国間貿易協定の協議だ。メイ首相は、EU離脱後、EU単一市場からの完全離脱を表明している。これを受けて、英国に拠点を置くグローバル企業の脱英国の動きが広がるなど、英国経済の先行きに不透明感が漂っている。
そんな中で、米国との貿易協定は、離脱後の英国経済の「成長ストーリー」を見せる格好の材料となる。果たして、トランプ大統領もメイ首相の呼びかけに応じ、2国間の貿易協定に向け協議することを約束した。
もう一つの狙いは、米欧の安保協力の枠組みであるNATO(北大西洋条約機構)へのコミットを継続させることにあった。トランプ大統領は、米国がNATOの予算の7割を負担している実情に不満を持っており、同盟国が負担金を増やさなければ、駐留米軍撤退も辞さないと繰り返してきた。
しかし、英国を始めとして欧州各国にとって、NATOの存続には米国の関わりが不可欠だ。メイ首相は、「より公平な負担に向けて欧州各国に働きかける」と約束し、米国に引き続きNATOにコミットすることを要請した。
これについても、トランプ大統領はメイ首相に応じ、「100%NATO側につく」と約束したと言う。
今回の会談でトランプ大統領から取り付けた2つの約束は、メイ首相が今後EUとの離脱交渉を有利に進めるカードとなる可能性が高い。もちろん、実際の交渉に入れば、互いの利害調整に時間がかかることが予想されるが、現時点では、英米が協議を前向きに検討していることを見せるだけでも、交渉相手のEUを牽制できる。
「彼女はセールスマンだったのか」
会談の途中、ぎこちなく手をつなぐ場面も(写真:The New York Times/アフロ)
NATOに米国が引き続きコミットすると言質を取ったことも大きい。欧州全体の安保の枠組みが崩れかねないリスクの芽を英国が摘んだという点で、英国はEUに「貸し」を作ったとも言える。さらに、トランプ大統領とのパイプは、今後英国が米国とEUを仲介する存在になれる可能性も示した。
「彼女は政治家になる前はセールスマンか何かだったのか」
首脳会談の前日26日、フィラデルフィアで開催された共和党の集会に立ったメイ首相の演説を聞いて、米国の報道関係者はこう言ったという。「我々西洋諸国が世界をリードしていく必要がある」「米国と英国は、人々に力を取り戻させる」「我々の関係は常に特別なものだ」。メイ首相のスピーチは途中、何度も参加者の拍手に包まれ、スタンディングオベーションで讃えられた。こうした集会での好評価も、会談の成功につながった。「EU離脱は英国にとって素晴らしいものになる」。会談後の会見で、トランプ大統領はこう語り、英国を支持した。
トランプ大統領に英国を売り込むことに成功したメイ首相。トランプ大統領は、英エリザベス女王からの招待を受け、今年後半にも訪英することを約束した。会談の途中には、ぎこちないながらも、トランプ氏とメイ首相と手をつないで歩く姿も目撃されている。
サッチャーとレーガン時代の復活――。英国では、メイ首相とトランプ大統領を、かつて強固な英米関係を築いた2人のリーダーになぞらえる人も少なくない。少なくとも今回の会談で、英米はその「特別な関係」を世界に示すことに成功した。
「正反対な者同士は、時に惹かれ合う」
もちろん、2国の関係強化は良い面ばかりではない。例えば、ロシアに対する経済制裁については、メイ首相は今後も継続すべきだと考えているが、トランプ大統領はその考えを明確に示さなかった。今後も、総論では同意していていも、各論で互いの意見がぶつかる場面が出て来るのは間違いないだろう。
さらに、英国民の多くは、今もトランプ大統領に対して良い印象を抱いていない。女性蔑視発言や、移民・難民に対する姿勢は、大きな反発を呼んでいる。トランプ大統領との距離を縮めるほど、メイ首相の支持に影響を与える可能性もある。
最大のリスクは、離脱交渉の相手であるEUが態度を硬化させる可能性だ。EU側は、「英国が他国との貿易協定を交渉できるのは、離脱が完了してから」と繰り返し警告してきた。しかし、メイ首相は、そうした指摘を無視して米国と協議入りしかねない姿勢を見せた。この行動が、EU側をどう刺激するかは、現時点では読めないが、交渉の長期化など、マイナスの影響を与える可能性もある。
それでも、EU単一市場の離脱を表明したメイ首相にとって、背に腹は変えられない。英国の生き残りのために、やれることは何でもやるだろう。その意味で、英国は米国を今後ますます頼りにしなければならない。
「Sometimes, opposites attract(正反対な者同士は、時に惹かれ合う時もある)」。トランプ大統領との関係をこう語ったメイ首相。1年前には想像できなかった形で、英米の蜜月関係が再び築かれようとしている。
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