現代史研究所は、ナチズムがなぜ台頭するに至ったかを研究すべく1949年に設立された。同研究所の歴史家5人が3年の歳月をかけ、3500以上に上る学術的注釈を加えながら編集した新版は上下2巻、計約2000ページに及ぶ。

 『わが闘争』の書店からの注文が予想より多かったため、現代史研究所は発行部数を当初の4000部から急遽1万6000部に拡大した。独アマゾンでは8日、数時間で完売したという。

ケルンの暴行事件が論争に火

 ドイツやイスラエルのユダヤ人社会では、新版の出版を巡って意見は二分しているようだ。ナチス・ドイツに奪われたユダヤ人の資産の返還に取り組む「対独物的請求ユダヤ人会議」は、「あのような人種差別的書籍はドイツを含めいかなるところでも普及させるべきでない。今回の出版は、我々生存者に新たな平手打ちを食わせるようなものだ」と出版の禁止を強く求めてきた。

 だが冒頭のヴィルシング代表が語ったように、今だからこそ学術的に分析し、ナチズムの本質を解明する意義がありそうだ。ドイツでは年明け以降、難民受け入れの是非を巡り、これまで以上に熱い議論が巻き起こっているからだ。

 きっかけは昨年の大みそかから今年の元旦にかけドイツ西部の街ケルンで起きた暴行事件だ。ケルン中央駅周辺に1000人近い若い男性が集まり、恒例行事である年末年始の花火などを見るために訪れていた多数の女性に暴行や窃盗を働いた事件である。

 報告された被害件数は1月10日時点で500件を突破。容疑者32人のうち22人がアルジェリアやシリアなどからの難民申請者だったという。似た事件がシュツットガルトやハンブルクでも発生していたことも判明。今や極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」などによる「難民の受け入れは阻止すべき」との声がドイツ全土で勢いづいている。

 メルケル首相は恒例の大みそかのスピーチで「難民受け入れ人数には上限を設けない」という考えを改めて強調した。だが、ドイツ世論の同首相への風当たりは昨秋よりも強まっている。

 英フィナンシャル・タイムズは昨年末発表した今年の予測で、「2016年末にメルケル氏は首相の座にいない」とした。戦後、政治的にも経済的にも復活し、欧州の盟主とされるまでになったドイツ。今年どんな道を進むのか、『わが闘争』の売れ行きも含め注目だ。

(日経ビジネス2016年1月18日号より転載)