民進党に投票した中小企業経営者の声

 新北市で金属加工業を営む50代の男性は、かつて馬氏を支持して国民党に投票した一人だ。

 「中国向けでもっと仕事が増えると思ったけれど、全然増えない。俺たちの仕事が増えるわけではない。むしろ、減っているのが現状だ。馬(氏)は中国に魂を売ったにもかかわらず、何も得られなかったんだよ」

 彼は今回、民進党に票を投じた。

 馬氏は台湾の人々の感情を逆なでしただけでなく、経済環境も改善も実現できなかった。2015年の実質GDP(国内総生産)成長率は、7~9月期に6年ぶりにマイナス成長(マイナス1.01%)を記録するなど輸出の不振が続いている。2015年通期で同成長率が1%にも満たないのではないかとの見方も出ている。さらに、馬政権が公約に掲げた「失業率3%未満」も達成できなかった。

 対中接近したにも関わらず、経済が好転しない。であればなぜ、政治・経済のシステムや国家観が大きく異なる中国と融和しなければならないのか。こうした反発が民進党の躍進を後押しした。

選挙期間中は思いのほか静か

 投票前に台湾へ入り、政権交代の熱気に沸く街を想像していたが、どうも記者の期待は大きすぎたのか、やや盛り上がりには欠けているように見えた。選挙期間中、街を歩くと台湾ならではの光景が目に留まる。太鼓を叩くトラックが先導し、その後に候補者の名前や政党名を掲げたトラックが続く。太鼓の音で街行く人に自らの存在を知らせるのだ。

太鼓を叩いて選挙カーの到来を告げる、台湾ならではの選挙の光景

 早朝や深夜でも爆竹を鳴らすなど、過度な演出もあると聞いたが、今回は申し訳ない程度の音の太鼓を叩く車列にいくつか遭遇しただけだ。投票前夜の集会には雨天にもかかわらず多くの支持者が駆けつけるなど盛り上がりを見せたが、街中の人々に話を聞くと、民進党を支持する人からも、未来に向けて新たな希望が誕生するような躍動する感情はあまり伝わってこなかった。

蔡氏のグッズを売る露店も登場

 選挙前から野党・民進党の優勢は伝えられており、政権交代が確実視されていたからかもしれない。ただ最大の要因は、今回の選挙そのものが、新たな台湾を築くという前向きなものというよりも、急速に距離が縮まりつつある中台関係に待ったをかけるというのが第一にあったからではないか。対中融和策を改めたとしても、経済的に中国に頼らざるを得ない部分がある「現実問題」も理解している。政権交代を実現しても、今の台湾は、独自で大国を相手にできるほどの経済的、政治的な力を持ち合わせていない。そう考える人が台湾でも多数を占めるだろう。

蔡氏向けに日本から送られた必勝祈願のダルマも飾られていた

 2000年に総統選挙で勝利した前後は、民進党は台湾「独立」の志向を鮮明に打ち出していた。だが、民進党は2008年に支持を失って下野。蔡英文主席は、急進的な独立論を抑え、対中関係は「独立を求めないが、拙速な融和も進めない」という「現状維持」を打ち出して、急進的な独立派以外の支持を集めた。同じ民進党による政権奪還だが、まだ中台の力が拮抗していた2000年前後に「独立」の未来に熱狂したのと、今回、中国が台頭する中で、かろうじて対中融和の速度を抑える選択をしたのとでは、盛り上がりが異なるのは当然と言えるかもしれない。

 中国は今後も、台湾との距離を縮めてくるだろう。台湾と海を隔てた先にある中国の福建省で長く官僚を務めた経験のある習近平国家主席は、「1つの中国」に向けた道筋を自らの任期中に作りたい野望があるとされる。昨年の中台トップ会談もその布石だろう。

 にじり寄る中国をいかにしてけん制し、経済を立て直すか。選挙期間、蔡氏は「経済的にも強い台湾を再興し、中国と対等に渡り合って妥協点を見いだしたい」と演説したが、その具体策は見えてこない。