「現状維持」だけで不満は解消されない

 「学者」「官僚」としてのこれまでの自分を脱ぎ捨て、恐ろしいほどの順応力を持って党内立て直しをはかった蔡英文だったが、2012年の総統選では僅差で敗れた。それは冒頭で述べた通りだ。だが彼女が地道にやってきた「民衆に耳を傾ける」運動が決して間違いではなかったことを今回の選挙は証明した。

 勝利の女神は彼女にチャンスを与えた。馬英九は2008年から不調に陥っている台湾経済を「中台接近」という形で打開しようとしたが、失敗に終わった。足元の台湾の失業率は3.9%。2008年当時より高まっている。人々の本当の不満は「中台接近」ではなく「中台接近によって強まった経済悪化」である。これ以上の中台接近を阻止し、いくら現状維持を貫いたとしても、悪化する経済や雇用情勢を解決できなければ意味がない。

 台湾市民が抱えている根本的な不満に対し、どこまで蔡英文が近づけられるのか、その腕力が問われている。 

 2000年に「象牙の塔」から降り立ち、2004年に政治家に転身してからわずか10年余り。蔡英文のめまぐるしく変わる人生は、台湾で初めて総統直接選挙を実施し「台湾民主化の父」とも言われる李登輝とも似ている。彼もまた、台湾大学で教鞭を取る傍ら、農政問題をきっかけに政治に関わり始めた身であった。誰がこの時、彼が総統になると考えただろうか。

 台湾の将来は、蔡英文の「無限の可能性」にかかっていると言ってよいだろう。

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