「いい競争で、いいサービスを。」――。
宅配業界首位のヤマト運輸は2015年11月12日、こう訴えた意見広告を全国54紙に掲載した。業界3位の日本郵便が国から受けている優遇措置が、公平公正な競争環境を阻害するという内容のものだ。
意見広告と同時に特設サイトを開設(「いい競争で、いいサービスを。」)。一般利用者からの意見を募り、12月15日時点で2000件以上の声を集めた。
宅配各社は取り扱う荷物の数こそ増加基調にあるが、人手不足によるコスト高の影響などで、利益を生み出しづらい状況が続いている。こうした環境の中で、意見広告を出した真意とは。ヤマト運輸を傘下に持つヤマトホールディングス(ヤマトHD)の山内雅喜社長がその思いを語った。
(聞き手は日野なおみ)
2015年12月下旬、日経ビジネスの単独インタビューに答えるヤマトホールディングスの山内雅喜社長(写真:竹井 俊晴)
ヤマト運輸では2015年、「いい競争で、いいサービスを。」という意見広告を掲載しました。ライバルの日本郵便が国から受けている優遇措置などを挙げ、イコールフッティング(公平公正な条件)の競争環境が重要であると説明しています。
2015年11月、全国54紙に掲載されたヤマト運輸の意見広告
山内社長(以下、山内):我々は常にお客様にとって便利な世の中を模索しています。便利なサービスをどんどん生み出し、ご利用いただいて日本経済が発展していく。これを支えていきたいと思っています。そんな思いがある中で、お客様にとってより便利なサービスが生まれる環境を疎外するものがあれば、やはりより良い形にすべく提言していくべきであろうと思っています。
メール便の廃止を決定した時にも説明したように(詳細は「ヤマト社長『メール便廃止』の真意を語る」)、お客様が使いたいと思うサービスを選べる世の中になっていかないといけません。それが実現する世の中にしていきたいと思って意見広告を出しました。
現在は良いサービスが生まれる環境にはない、ということでしょうか。
山内:日本では郵便事業はユニバーサルサービスとされています。このユニバーサルサービスは国民生活に不可欠なものですから、これを支えるための優遇措置もあってしかるべきだと思います。ただ問題は、優遇措置を受ける領域がどこまでなのかということです。
現在、郵便事業というユニバーサルサービスは、いろいろな制度や優遇措置によって、国民の税金でまかなわれている状態です。そういうものは必要最小限であるべきだし、「民」でできるものは「民」が手がけることで、より良いサービスが生まれる。必要不可欠な部分だけを国が支えるのが理想でしょう。
意見広告では、ユニバーサルサービスである郵便事業と、荷物を運ぶ宅配事業の境界が曖昧なことが問題だとしています。
山内:繰り返しますが、ユニバーサルサービスは必要です。ただ一方で、ユニバーサルサービスは手紙などの「信書」の送達に限られるべきだとも思っています。荷物を運ぶ宅配事業は、既に民間企業がたくさん参入していて、企業同士が競い合って工夫を重ね、よい良いサービスがどんどん生まれています。各社は知恵を絞り、リーズナブルな料金で便利なサービスを実現している。それを加速させるには、ユニバーサルサービスと、そうでないものを明確に分けなくてはなりません。
それなのに、今はユニバーサルサービスの領域が、「信書」という言い方で非常に曖昧になっています。解消するには、ユニバーサルサービスの領域がより明確になることでしょう。ユニバーサルサービスとそうでないものの領域を明確に区分する。これが大事だと思っています。
ユニバーサルサービスとそうでないものの領域が不明瞭、とは具体的にどういうことでしょうか。
山内:主に小さい荷物のやり取りですね。現在、日本郵便はユニバーサルサービスである郵便業務と、荷物を運ぶ業務の両方を手がけています。ただ、ユニバーサルサービスとされている郵便業務の中にも、「荷物を運ぶ業務」が混ざっているのです。例えば、書類などを運ぶために開発されスマートレターやレターパックは、実際には小さな荷物のやり取りにも使われています。
ヤマトが示す郵便事業と荷物を運ぶ業務の違い。郵便業務の中にあるスマートレターやレターパックでも、実際には荷物が運ばれていると主張する
ネットオークションなどの拡大に伴い、衣料品やアクセサリーといった小さな荷物をやり取りする需要は急速に伸びています。だから私たちは、宅急便コンパクトやネコポスという新商品を出して、そのニーズに対応しています。お客様にしてみれば、日本郵便のサービスもあるし、我々のサービスもある。選択肢が広がり、利用者が自分の判断でどこを使うか選べる。これは確かに理想的な状況です。
ただ、スマートレターやレターパックに書類が入っていれば、それは「信書」と呼ばれる範疇のものだと思います。けれども実際には「信書」の領域が曖昧で、荷物のやり取りもなされている。本来ならば、多くの企業が同じような競争環境で競うべきサービスなのに、日本郵便は「信書」の範疇を広げながら、荷物の領域にもユニバーサルサービスを拡大してきている。最大の問題は、「信書」の境界線が極めて曖昧なことにあります。
優遇措置で生まれるコストの差
荷物を運ぶ業務でもユニバーサルサービスと同じ優遇措置を受けていることが問題だと訴えていますね。この優遇措置は、御社が「競争環境が平等ではない」と意見広告を出して訴えるほどの大きな差なのでしょうか。
山内:優遇を受けていれば、やはりコストのベースが変わりますよね。日本郵便は現在、全国の郵便局舎で事業所税や固定資産税の減免措置を受けています。もともと私たちとは固定コストが違うわけです。そういったコストの違いは、何らかの形でサービスにも影響します。
同時に彼らは交通規制の優遇措置も受けています。民間企業が荷物を運ぶ場合、その車両は当然、交通規制を受けます。「車両通行止め」や「駐車禁止」などは守らなくてはなりません。けれど、郵便物を運ぶ場合、こうした交通規制から除外されるのです。優遇の有無によって、作業効率だって変わりますよね。
またあまり知られていませんが、EMS(国際スピード郵便)のように、海外から来る荷物に対する通関業務も異なります。日本郵便のEMSは通関でも専用レーンが設けられていますから、スピードが速い。一方、民間企業の荷物は個別に内容を申告しなくてはならないし、各運送会社が同じレーンを使うので時間もかかる。こういったものの煩雑さも圧倒的な違いがあります。
つまり優遇を受けているか否かによって、コストと時間に大きな差が出る。優遇の有無は、サービス面でも品質面でも違いが出るわけです。そうなると同じ土俵でサービスを提供することはどうしても難しくなります。
EMSと同等のサービスを民間事業者が実施することは難しいのでしょうか。
山内:民間企業の場合は、基本的に一つ一つ荷物の申告をしてチェックを受けなくてはなりません。対してEMSだと、20万円以下の荷物であれば、基本的に申告の必要はありません。通関の取り扱いが全然違うわけです。本来はEMSも書類などのやり取りがメーンでした。けれど今では冷蔵や冷凍に対応したクールEMSも扱っているし、荷物のやり取りは確実に多くなっています。
意見広告の掲載と同時に開設した特設サイトでは、現在は郵便事業に分類されている日本郵便のスマートレターやレターパック、さらにはEMSについても、荷物を運ぶ部分は民間企業と同じ条件にすべきだと書かれています。
特設サイトでヤマト側が提唱する荷物の区分方法。現在は郵便事業に入っているスマートレターやレターパック、EMSも、荷物の扱いについては宅配便などと同じ条件にすべきと訴えている
山内:サービスがしっかりと明確に区分をされ、その区分された領域では互いに同じ条件で競争ができる。そういった環境を私たちは望んでいます。
荷物のやり取りでは日本郵便の優遇措置をなくしてほしい、と。
山内:そうあるべきだと思います。そうすることによって、イコールフッティングになって良いサービスが生まれ、お客様の利便性を高められる。これがやはり一番です。
ただ実態として、日本郵便は郵便と荷物を両方扱い、混載して配送することもあります。仕分けも1つの郵便局内で行います。郵便とそうでないものを分けるオペレーションを強いるのは、非現実的なのではないでしょうか。
山内:我々は日本郵便が悪いということを訴えたいわけではなく、法としての制度に問題があると伝えたいんです。郵便と荷物の区分を明確にし、ユニバーサルサービス維持のための優遇措置、言い換えれば国民の税金に基づいた支援を受ける部分と、そうでない部分を明確にする。それが必要だというのが意見広告の趣旨でした。
特設サイトでは、税金の支援が必要なユニバーサルサービスの郵便事業が実は黒字であるとも指摘していますね。
山内:ユニバーサルサービスを維持するためにお金がかかるという議論もありますが、そこにもいくつかの疑問があります。日本郵便の経営状況の発表などで出てきたデータを見ると、ユニバーサルサービスとされている郵便事業は実は黒字で、その他の貨物を扱うような事業が大きく赤字になっている(注:日本郵便が発表した2014年度の業務区分別収支では、郵便業務などは123億円の営業黒字で、荷物や不動産、物販などの事業で389億円の営業赤字)。「ユニバーサルサービスを維持するにはお金がかかる」と言いながら黒字なんです。矛盾していますよね。
とはいえ、ユニバーサルサービスはやはり生活に必要不可欠なもので、これを将来にわたって安定的に提供することも必要ですから、税金を投じることは必要なのかもしれません。それは確保すべきだとも思います。しかし繰り返しますが、その範囲は何でしたっけ、ということです。必要不可欠として守らなければならないものは何かという議論がなされるべきでしょう。
「ライバルの上場は大歓迎」
2015年11月、日本郵政グループ3社は上場しました。これによって競争環境はどのように変わると思いますか。
山内:上場はいいことだと思っています。上場して、本当の意味で「民」の立場になったわけですから。日本郵便は今後、新サービスをどんどん出さなければいけないし、良いサービスでお客様に喜んでもらわないと成長できない。良いサービスが次々に出てくるのは非常にいいことですよね。
上場すれば株主がいますから情報開示も必要になります。株主から情報開示を迫られれば、これまでよりも明確に情報を出さなくてはなりません。ユニバーサルサービスとそうでない領域の業績がどうか。こういったものはきちんと明示されてくるはずです。そうなれば日本郵便とはいい関係で競い合えると思います。だから上場は大歓迎なんです。今回の意見広告も、決して日本郵政グループの上場に文句を付けたいわけではありません。
実際に意見広告を出して、反響はいかがでしたか。
山内:思ったよりもたくさん意見をいただきました。ツイッターでは1万件を超えるツイートがありましたね。ツイートが1万件を超えると「炎上」と言うそうですから、そういった意味では、割と関心を持っていただいた。これは大きなポイントでした。実際にいただいたご意見も12月15日の途中集計では2137件に達しました。
内容はどのようなものでしたか。
山内:全体の8割強がポジティブなものでした。「そんなことはやはりおかしい」とか「平等な競争環境で良い循環にしていくべき」とか、ご支援いただける応援メッセージのようなポジティブなものが80%強でした。一方で、当然ネガティブなご意見もいただきました。誤解もあるのですが、それも含めた否定的な内容が10%強。ニュートラルな内容が5%くらいです。驚きの声も多かったですね。「そんな優遇があったんですか」「信書ってそんなに曖昧だったんですね」というご意見もいただきました。
複雑な内容ですし、かつての「信書論争」を知らない世代も多いでしょう。
山内:そうなんです。信書というものの曖昧さの問題や、優遇措置に違いによって平等な競争環境になっていないことを、皆さん知らないんですね。いただいたご意見の内容に、我々もびっくりしましたし、もっとお伝えしないといけないと痛感しました。
しかし日本郵政グループが上場したのが11月4日で、わずか8日後に意見広告を出すというのは、どんな狙いがあったのでしょうか。
山内:メール便を廃止した時にもお話ししたように(詳細は「ヤマト社長『メール便廃止』の真意を語る」)、規制改革委員会からの流れをくんだ総務省の答申が9月28日に出されました。その翌日、我々は、「総務省 情報通信審議会 郵政政策部会の最終答申に対する当社の見解について」という文書を発表し、日本郵便に対する従前の優遇措置に加えて、さらなる優遇措置が実施されることに対して大変残念であると訴えました。
メール便を廃止した時には、やはり「何でやめたんだ」というご意見をいただきました。特に個人のお客様からはそういったご意見が多かった。我々にしてみても、公平で公正な競争ができればメール便を廃止する必要がなかったわけです。そこで改めて、良いサービスが世の中にどんどん生まれる環境にしなくてはならないという思いが高まってきました。上場もあり、そういった領域について世の中全体の関心が高まる時期でもありましたので。多くの方が知らない優遇措置について、改めてお伝えし、提言するのがあのタイミングになったという事情もあります。
「業績の下方修正と意見広告に関係はない」
2015年3月末でメール便を廃止したことの影響が大きかったようですね。
山内:もともと、メール便の個人利用については廃止後、お取り扱いしなくなったので落ち込むことは織り込み済みでした。同時にデジタル化の大きな流れがありますから、トレンドとしてDMは年々減ってきています。
ただそうは言っても、メール便廃止後の一時期は、想定以上に落ち込みました。私どもは、「メール便を廃止いたします。4月以降、企業のお客様には代替サービスとして新しいクロネコDM便を使っていただきます」とアナウンスしました。けれど、「メール便廃止」という部分ばかりが伝わってしまって、本来はメール便の代わりにクロネコDM便を使っていただくはずだったのに十分に説明しきれなかった。お客様の方も、「もうメール便は廃止だ。なくなっちゃうなら日本郵便にしなきゃ」といった動きがあって、ほかに流れてしまったんです。
メール便が「一時期」落ち込んだとおっしゃいましたが、今は戻ってきているのでしょうか。
山内:今は丁寧にもう一度ご説明をさせていただいている状況です。ただ、一度我々から切り替えられて他に移ったのに、もう一度ぱっと戻していただくのも難しい。けれどどんどん減り続けているのではなく、一度ぐんと下がったのが止まって、また少しずつご利用が始まっているのが足元の状況です。
メール便廃止の影響で、2016年3月期の業績予測では下方修正を強いられました。こうした中で日本郵政グループ3社が上場し、その後に意見広告が出たので、うがった見方をすると、意見広告をある種のエクスキューズにしようとしているようにも見えます。
山内:なるほど。けれど、そんなことは思っていません。そう見られてしまったなら、そこについては良くなかったですね。ただ予想外の部分もありましたが、メール便廃止の影響は当初から織り込んで計画を立てました。業績については、メール便というよりも、私どもが新しく投入した宅急便コンパクトやネコポスを展開するにあたって、コンビニエンスストアなどとのシステム連携に思ったより時間がかかり、スタートが少し遅れたことの方が影響は大きいんです。
ですから業績の下方修正と意見広告は全く関係がありません。我々は、業績の下方修正をしなくても意見広告を出していたでしょう。
御社が意見広告を出したのは2004年以来、実に11年ぶりのことです。10年以上のブランクを超えても、今回は意見広告を出さなくてはならないという強い思いがあったのでしょうか。
山内:そうですね。2004年には、ローソンでの郵便の取り扱いに対する私たちの意見を伝えましたが、今回のような純粋な形の意見広告を出したのは、本当に久しぶりになりますね。
世の中は今、どんどん変わり、規制緩和もどんどん進んでいる。もっと自由な経済活動が進み、日本がもう一回成長するんだというのが今の状況ではないでしょうか。政府もそれを後押ししていますし、何よりも日本は世界の中で成長しなくてはいけない。そのためにはイコールフッティングの自由競争が活発化し、新しいものが生まれてこなくてはなりません。こんな流れを生み出すために、十何年ぶりに意見広告を出したんです。良いサービスを出して世の中を豊かにしたいという私たちの姿勢から、意見広告を出したわけです。
日本郵便に対しては、御社と同じような思いを、業界2位の佐川急便以下、多くの民間企業も抱いていると思います。であれば、業界団体が連名で意見広告を出すこともできたはずです。なぜ単独で意見広告を出したのでしょう。
山内:確かに、小口貨物を扱っている企業は同じように感じているはずです。業界全体で提言する手もありました。けれど主張を明確にして、今の問題点や課題認識をはっきり伝えるためには、やはりヤマト単独の方がより明確になる。けれど今後は色々と連携を取り、より大きな形で課題を認識することも必要でしょうね。
意見広告を出して世に問い、一般の利用者の声も集まりました。今後はどうするのでしょうか。かつてのように世論を盛り上げて規制がおかしいという流れを生み出したいのか、それとも定期的な提言で利用者の意識を喚起していくのか。
山内:先ほど説明した通り、多くの利用者が今までこんな状況を知らなかったわけです。それが関心を持つことで「やはりおかしいよね」と感じるようになった。今後ももっと知っていただく必要があると思っています。知っていただくことで、世論として良いサービスが生まれる環境が必要だという高まりをつくり、私どもの目的であるユニバーサルサービスとそうでないものの区分を明確にしていく。提言や発言を、いろいろな場所で続ける必要があると考えています。例えばシンポジウムの場だとか、取材の中で伝えていく。そんな姿勢を貫きたいと思っています。
しかし国を動かすには壁がとても厚い。
山内:当然、1回や2回の活動で思ったように世の中が動くわけはないでしょう。けれど、世の中全体がどちらへ向かっているかというとどうでしょうか。例えばNTTが民営化され、NTTのインフラが民間に開放されて、多くの民間企業が接続サービスを手がけ、いろいろなサービスが生まれるようになった。社会的インフラとしての通信はNTTさんが持ち、接続料をもらうことでNTTも維持されるような形になった。要は社会インフラをきちんとした形で活用できる仕組みが、日本の歴史にもあるわけです。それがこれからも増えることで、日本経済が良くなることはできると思います。
御社が意見広告を出した後、12月7日には日本郵便も全面広告を出しました。
山内:あの広告は、ユニバーサルサービスを展開しますという内容でした。それについては我々も大事であると言っているわけです。もう少し違うご意見をいただけると良かったんですけれども。
「赤字の部分だけ補填しろ」はおかしな理論
日本郵便の全面広告の中では、全国にある郵便局のおよそ3分の1が過疎地にあることを伝えていました。
山内:ネットワーク産業ではもともと、赤字と黒字のところがあります。それで全体で足していかに維持するかという考え方をするものです。我々も人口密度の高いところは黒字ですし、離島や山間部など、赤字の事業所もたくさんある。けれども、そういったところも維持しているからこそ、密度の高いエリアはより密度が高くなる。これがネットワーク事業の本質です。ですから赤字の部分だけ補填するという考え方はネットワーク事業としておかしな理論だなと思います。
本来ならば彼らも意見を出して、それを国民の皆さんが見て、「ここはそうだよね。でも、ここは国民が自由に使えるように交渉してほしいよね」という意見が生まれればいいんと思っています。
「新サービスで新市場を作るのがヤマトのDNA」
数年来の動向を見ると、2013年に業界2位の佐川急便が料金の見直しに踏み切り、御社もそれに続いた。大手2社が料金適正化を進める中で、3位の日本郵便がぐっとシェアを高めています。
山内:我々の流れとは違う形を取ってきましたよね。ただ2015年、彼らには上場がありました。上場までは成長力を数字で示す必要があったのでしょう。大型の企業買収をし、大型投資を発表し、荷物の取り扱い数量も伸び、シェアが上がっていることを数字で示したかったはずです。
勝負はこれからです。今後は株主への説明責任も出る。情報開示も迫られる中で、どんな方向へ行かれるのかは非常に注視しています。
そんな強力なライバルと、今後はどう戦うつもりでしょうか。
山内:いろいろ仕掛けることはできると思っています。新たなサービスを提供したり、(日本郵便のレターパックやスマートレターに)より近い形のサービスを生み出したり。より利便性の高いサービスが重要になるでしょう。
利便性が高いという点では、例えばオークションサイトで出品者と落札者が、互いに住所を明かさなくても匿名でやり取りできるサービスですとか、今後も「もっとこうしてほしい」という要求が高まるはずです。ですからアプローチのしようはあるはずです。
ほかにも、ネコポスという郵便受け投函サービスに付加サービスをつけることもできる。特にネコポスなどのバージョンアップはいろいろと考えていきたいですね。
新サービスによって、メール便廃止で失った分を取り戻す考えですか。
山内:失った分というよりも、おそらく新サービスを使いたい方が来るイメージで、新しい市場を生み出すことだと思っています。今はフリーマーケットのサイトがものすごい勢いで広がっていますが、ネコポスが連携をして手軽に荷物のやり取りをできる形にしていますから、ここは非常に増えている。こうしたサービスも、今までにはない市場だと思います。新サービスをつくり、市場を生み出すのがヤマトの使命でありDNAですから。
「日本郵便は大きな脅威」
日本郵便の取材で驚いたのは、彼らが持つ資産です。集配局の使われていないスペースで通販事業者向けのサービスを始めていたりします。新たな投資をせずとも活用できる資産がたくさんある。
山内:基地局のような集配局の上の部分を活用する手はあるかと思います。ただ、あの建物だけでネットワークはできません。たとえ建物内部で細かいものの仕分けをしても、分けたものは最終的に、集配・配達を担う小さい郵便局に送り込まなくてはなりません。ではその時に、どういった形で荷物をまとめて配達局に持っていくのか。
また配達局でも、荷物はバイクで配達できませんから、配送用の車両や、それを駐車するスペースはあるのか。我々のように荷物を仕分けるスペースや、仕分けるための仕組みが入っているのか。ここまでつくり上げないとネットワークはできないわけです。
確かにターミナルの部分だけ見ると十分な資産でしょう。けれどその先、自分たちで配達しようと思ったら、ラストワンマイルまでのネットワークを構築して、荷物が流れる仕組みにしなくてはなりません。それにはバイクでは無理で、車両を使った配達局が必要になる。
ではそれが全国にどれだけあるかというと、日本郵便の場合はおそらく全国に1000カ所強でしょう。我々でさえ全国に4000カ所、車両を備えた集配拠点を持っています。こうしたインフラができて始めて、本当の意味でのネットワークが構築できるはずです。
ただ、一方で彼らは十分な資産も拠点も持っていますし、活用できるものは残している。さらに資金という点では、オーストラリア物流大手、トール・ホールディングスの買収が可能なように豊富です。窓口業務を展開していますから、ゆうちょ銀行やかんぽ生命保険の窓口業務の手数料として、ミルクのように資金がどんどん補給されていく。この資金を投じて徐々にネットワークを整えることは、当然できるはずです。
ですからポテンシャルという意味では非常に脅威になる。けれども、それがすぐに動き出すかというと、そうではないと思っています。なぜならば、実際にそれを動かすのは「人」だからです。
ヤマトが40年かけて育てた「人」という資産
「人」というのはどういうことでしょう。
山内:宅急便は2015年、おかげさまで40歳になりました。40年の歴史の中でずっと人を育ててきて、社員も自分たちで考えて動ける文化が定着しています。日本郵便ではこれまで郵便受けに投函する業務が中心だった方々が、今度は対面でお客様と向かい合うサービスに切り替えなくてはなりません。つまりハードだけでなく、ヒューマンソフトの切り替えがすぐできるかというと、そこは結構パワーが必要だと思います。
「人」は我々の一番の財産で、何が一番強いのかと言えばやはり「人」なんです。社員が自分で考え、自分で判断して、お客様が求めるサービスを展開する。この全員経営という考え方のDNAを、第一線の社員がみんな持っている部分が強い。だからこそフェース・トゥ・フェースのサービスが成り立っているんです。
インターネットもこれだけ普及し、ITの新しいテクノロジーが生まれ、「IOT」や「ビックデータ」という言葉も聞かれるようになりました。これからもITの世界はものすごく進化するでしょう。ただ、そうは言っても最後はやはり物が動かなくてはいけませんし、フェース・トゥ・フェースでないと分からないこともある。フェース・トゥ・フェースだからこそ伝わる部分もあるわけです。
それこそ、我々に持つネットワークの最大の強みですし、そこを財産として基盤にして進んでいきたい。ヤマトの持つ「人」という資産に、ITの世界が組み合わさることで、より新しいものやより便利なものが生み出せると考えています。
対面だからこそお客様が不在では荷物をお渡しできませんし、対面だからこそ渡すタイミングも大事になる。ここに、積み上げてきた歴史の違いが出るはずです。例えば、このお客様には小さな赤ちゃんがいるから、チャイムを鳴らさないでトントンと小さくドアをたたくといった心遣い。言い換えれば、一人一人に合わせたきめ細かいサービスができるかどうか。それはやはり「人」なんです。
もちろん我々も、新しいテクノロジーを取り入れてサービスに磨きをかけるつもりです。それでもやはり基盤は「人」であり、そのDNAを守りながら競争していきたいですね。
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