田中角栄、総裁選勝利の瞬間

 「私が生まれたときの総理大臣はノーベル賞をもらった良い人。でも、ケンイチが生まれたときの総理大臣は逮捕された悪い人」

 NHK-BS『アナザーストーリーズ』のプロデューサー、久保健一は幼い頃、姉にそう言われて実に残念に感じていた。自分が生まれたときの総理大臣も立派な人だったら良かったのに。久保少年は「自分が生まれたときの総理大臣は悪い人なのだ」と思って小学生時代を過ごした。

 中学生の時、家族で佐渡へ旅行に出かけた。新潟港からフェリーに乗るため市内でタクシーに乗ると、なぜその話になったのかは忘れたが運転手が言いにくそうに、「角栄さんは悪くは言われるけど、みんなのために頑張った人なんです」と口にするのを聞いた。悪い人であったはずの田中角栄とはどんな人物だったのかと興味を持った。

 NHKで働くことが決まってから、ジャーナリスト立花隆の『田中角栄研究』と、東京地検特捜部検事としてロッキード事件を捜査した堀田力の『壁を破って進め-私記ロッキード事件-』を読んだ。取材や捜査の一面は垣間見えたが、田中角栄という人物については判然としなかった。

角栄ブームの中で

 気づくと、2016年は空前の田中角栄ブームである。書店にもコンビニにも「角栄本」が並び、NHKスペシャルの人気シリーズ『未解決事件』もこの夏、ロッキード事件を取り上げた。

 “悪い人”のはずが、“良い人”より話題になっている。今になって角栄人気が再燃しているのは、功罪の両面がはっきり見えるようになった、つまり、歴史上の人物になったからなのかもしれないが、今は称賛が強くなりすぎているようにも見える。

 どんな人物だったのか。姉が正しいのか、タクシードライバーが正しいのか。その思いが今回の番組作りの根底にある。

 様々な人の話を聞いて、少しずつ見えてきた。角栄は好かれた人であり、“許された人”でもあった。