ハイジャックされたよど号は、犯行グループが要求する目的地・北朝鮮の平壌を目指して福岡を飛び立った。しかし、着陸したのは韓国ソウルの金浦空港。誰が平壌でなく、ソウルに降りる、または降ろすと決断したのか。

 これまで日本政府は「北朝鮮から対空砲火を浴びて南下した」という米軍の見解を踏襲し、韓国は「機長の独断」としていた。しかし、当事者である機長はどちらも否定している。藪の中に葬られそうだった判断の主について今回、新たな証言が得られた。決断をしたのは“閣下”だというのだ。

なぜ機長は独断で飛び立ったのか

 1970年3月31日、乗客122名を乗せた日本航空351便、通称よど号(機体番号JA8315)は羽田を発ち福岡を目指している上空で、日本赤軍派を名乗る9名のグループに乗っ取られた。グループを率いる田宮高麿は前日、日記に「われわれは明日のジョーである」と記していた。

 犯行グループの要求は北朝鮮の平壌へ向かうこと。彼らはレーダーを頼みに飛べと迫るが、地上の管制塔からの誘導がなければ正確に飛ぶことはできない。その程度の知識もないままその革命家たちは行動に出ていた。

 ひとまずよど号は、もともとの目的地であった福岡に着陸するが、そこで待ち受けていたのは、時間引き延ばし作戦だった。

「よど号」はいったん福岡空港に着陸した

 ハイジャックという初めての事態に遭遇した日本政府は「人命第一」を掲げるが、福岡県警も自衛隊も打つ手がなく、燃料補給に時間をかけたり自衛隊機で滑走路を塞いだりするのが精一杯で、機内の緊迫感は高まる一方。それをテレビが生中継している。

 次第に、コックピットの機長・副操縦士は、平壌に向かわずにこの場を収めるのは無理だと感じ始める。

 122名の人質のうち、老人や女性、子どもなど23名が解放され、乗客の残りが99名になってしばらくしてよど号が福岡を発ったのは、その緊迫感によるものだった。

 これは「機長の独断」。領空侵犯をしたら迎撃されてもおかしくない状況下、人質を乗せたまま、どこにあるのか定かでない平壌空港を目指してのフライトが始まった。