「New York Times」の名物テクノロジー記者のジョン・マルコフ(John Marcoff)氏が、2016年11月末で同社を退職した。28年以上同紙に在籍したマルコフ氏は、それ以前にも「Byte」や「InfoWorld」、「San Francisco Examiner」などでシリコンバレーの誕生と隆盛を克明にレポートし、この地域の生き字引のような存在だった。

 パロアルトで育ったマルコフ氏(写真)は、大学に在籍した一時期を除いてずっとシリコンバレーに住んでいる。だからこそ、シリコンバレーの変遷を捉える彼独特の視点があった。パーソナルコンピュータの誕生、コンピュータウイルスの出現、World Wide Web(WWW)による革命、ハッカーの暗躍、米Googleのロボットへの巨大投資など、マルコフ氏が伝えて来た記事のインパクトは大きい。地元の関係者からも一目置かれる存在だ。

退職パーティーでスピーチするジョン・マルコフ氏
(撮影:瀧口 範子)
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 また、記事と並行してシリコンバレーやテクノロジー業界で起こっている深い潮流を書籍に著してきた。「ハッカーは笑う(原題:CYBERPUNK: Outlaws and Hackers on the Computer Frontier)」や「テイクダウン(原題:Takedown)」ではハッカーの姿を、「パソコン創世『第3の神話』(原題:What the Dormouse Said)」ではシリコンバレーに流れる60年代的思想を、近著の「人工知能は敵か味方か(原題:Machines of Loving Grace)」ではロボットとAIを描いた。

 現在は、スティーブ・ジョブズ氏も愛読者だったという、1960~70年代の雑誌「Whole Earth Catalogue」を生んだスチュアート・ブランド(Stewart Brand)氏の伝記を執筆中という。そんなマルコフ氏にメールインタビューを行い、この年月を振り返ってもらった。

テクノロジーの取材をしていたのは、New York Times在籍期間の28年を含めて、通算で40年とのことです。その間に何本の記事を書きましたか?

 New York Timesでは、2800本以上になるでしょう。その前の11年間、ほかのメディアにいた時期に500~1000本の記事を書いていると思います。正確な数は把握できませんが。

ご自身で一番好きな記事はどれですか?

 難しい質問ですね。最もドラマを生んだという意味では、1995年のケヴィン・ミトニック(Kevin Mitnick)氏(著者注:コンピュータハッカーとして、数々のコンピュータネットワークに侵入。逮捕状が出ると同時に逃亡した)の逮捕でしょう。自分自身で最も誇りに感じているのは、1993年12月に書いた「World Wide Web」に関するの記事です。これは、Webとは何かを説明した初めての記事でした。

読者に最も影響を与えた記事は何ですか?

 やはり、World Wide Webに関するものでしょう。

テクノロジー業界で、一番印象深い出来事は何でしたか?

 1984年の「Macintosh」の登場や、2005年にDARPA(国防総省高等研究計画局)が主催した自動運転車のコンテストでしょうか。また「NeXT」や「iPhone」の発表もありました。これらは印象深い新製品という意味です。実際には、もっとすごい出来事がたくさんありました。例を挙げると、米IBMと米Microsoftの戦争が思い浮かびます。