米Amazon.comが米国で「実店舗」に関する戦略を加速している。2016年12月5日(米国時間)に発表した食品スーパー「Amazon Go」だけではない。同社は書店「Amazon Books」の多店舗化を進めているほか、2016年5月からは提携食品スーパーの商品を2時間以内に配達するサービスをカリフォルニア州などで開始済み。日本では知られていないAmazonの実店舗戦略を解説する。
Amazonが2017年初めに米シアトルに開店する予定の食品スーパーAmazon Go(写真1)は、同社のAI(人工知能)技術のショールームになりそうだ。この店舗には商品の精算レジが無く、店舗や商品棚に据え付けたカメラやセンサーが買い物客の行動を捉え、買い物客がどんな商品を購入したかをAIが判断して、精算を済ましてしまうからだ。
写真1●米Amazon.com本社ビルにできた食品スーパー「Amazon Go」
出典:米Amazon.com
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買い物客はスマートフォン用のAmazon Goアプリケーションを改札にかざして入店する。後は棚にある商品を自分の買い物袋に入れるだけ。画像認識AIがどの買い物客がどの商品を買い物袋に入れたかを判断し、その買い物客の仮想的な「ショッピングカート」に商品を入れていく(写真2)。
写真2●Amazon Goで商品を選択するイメージ
出典:米Amazon.com
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一度手に取った商品でも後から商品を棚に戻せば、仮想ショッピングカートからは削除される。画像認識エンジンは買い物客が商品を棚から取り出した動作だけでなく、棚に戻した動作も識別するためだ。買い物客は商品の入った買い物袋を持ってそのまま店を出れば買い物が完了し、買い物客の「Amazonアカウント」に課金される。
商品は食品が中心、荷物の詰め替えは不要
Amazon Goの面積は1800平方フィート(約170平方メートル)で、日本のコンビニエンスストアよりやや大きい程度。店内で調理したサンドイッチや総菜のほか、パンや牛乳、卵、チーズといった食料品、チョコレートやスナック類、30分で夕食を用意できる2人分の食材セット「Amazon Meal Kits」などを販売する。
Amazon Goの利点はレジでの行列や精算の時間を短縮できること。スーパーのレジでは店員に代金を支払う時間だけでなく、ショッピングカートから商品を取り出してバーコードをスキャンし、商品をショッピングバッグに詰め替える作業時間も発生している。むしろかかる時間としては、後者の詰め替え作業の方が長いぐらいだろう。商品棚にある商品をそのまま買い物袋に詰め込めるAmazon Goは、詰め替え作業の時間を完全に取り除ける。
食品スーパーであるAmazon Goは、書店の「Amazon Books」に続く同社の実店舗となる。Amazon Booksの1号店は2015年11月にシアトルに開店(写真3)。これまでにカリフォルニア州サンディエゴ、オレゴン州ポートランドに出店したほか、ニューヨークやイリノイ州シカゴへの出店計画も公表している。
写真2●シアトルの「Amazon books」
撮影:平尾 敦
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米国のメディアは、Amazonが実店舗を大量に出店する計画だと報じている。米Business Insiderは2016年10月に、Amazonが今後10年間に最大2000店の食品スーパーを出店する予定であり、今後2年間でまずは20店を出すと報じた。米Wall Street Journalは2016年2月に、同社がAmazon Booksを最大400店出展する計画だと報じている。
実店舗からの即時配達はこれからどうなる?
Amazonの実店舗展開で気になるのは、同社がこれらの実店舗をeコマースの拠点として活用するか否かである。実はAmazonは米カリフォルニア州の一部地域で2015年11月から、商品を注文から1~2時間で配達する「即時配達」のサービス「Amazon Prime Now」の一環として、提携する食品スーパーの「Sprouts Farmers Market」や「Bristol Farms」などの実店舗にある商品を配達し始めているのだ。
顧客は「Amazon Prime Now」スマホアプリやWebサイトを使って、近所にある食品スーパーの商品を注文する。そうするとAmazonの配達員が2時間以内にそのスーパーの商品を配達してくれる。配達料金は1回当たり7.99ドルで、営業時間は午前8時から午後10時までである。
もしAmazonの実店舗からも即時配達するようになれば、即時配達の商品の種類や拠点を増やせる。現在のAmazon Prime Nowは、Amazonの倉庫や提携スーパーの店頭にある商品、提携するレストランの料理を即時配達しているが、実はこの分野でAmazonは既存の小売りチェーンに遅れをとっているのだ。
米国では既に、Amazonの大手小売りチェーンがシリコンバレーの「配達スタートアップ」と提携し、「店舗にある商品を即時や即日で配達する」というサービスを提供している。
例えば、ドラッグストア大手の「Walgreens」や米Appleの直営店「Apple Store」、衣料チェーンの「American Apparel」は、サンフランシスコを拠点する米Postmatesと提携して、店舗の商品を1~2時間以内に配達するサービスを提供している。
ディスカウントストアの「Costco」や「Target」、高級食品スーパーの「Whole Foods Market」は、サンフランシスコの配達スタートアップ米Instacartと提携して即時配達をしている。家電量販店の「Best Buy」やペット用品店の「PetSmart」は、メンローパークに本社を置く米Delivと提携して、その日のうちに商品を届ける「即日配達」を提供する。
いずれも顧客がスマホのアプリを使って店舗にある商品を注文すると、スタートアップの配達員が商品を顧客へ届けるという仕組みだ。PostmatesのHolger Luedorf上級副社長は「注文から配達までの平均時間は34分だ」と語る(写真4)。Luedorf氏によればPostmatesは既に、月間150万個の荷物を運んでいるという。
写真3●米PostmatesのHolger Luedorf上級副社長
撮影:中田 敦
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こうした即時配達は一見、日本でイトーヨーカ堂などが展開する「ネットスーパー」に似ているが、仕組みは大きく異なる。
「Uber X」と同じ一般人活用モデルで商品配達
まず、こうした即時配達の担い手はシリコンバレーのスタートアップであり、小売チェーンはスタートアップが提供する即時配達の「プラットフォーム」を利用しているだけだ。消費者からの注文を受け付けるシステムや商品をピックアップするシステム、商品を配達する配達員などはスタートアップが用意しており、小売りチェーンは自前でシステムを構築する必要は無い。
配達の仕組みも日本と異なる。スタートアップの配達員は、配達1件ごとに手数料を受け取る「独立契約者(事業者)」、つまりは一般人だ。一般人が自家用車や自転車を使って商品を配達する(写真5)。スタートアップと配達人の間に雇用関係はなく、事業の契約の関係だ。米Uber Technologiesの白タクサービス「Uber X」と同じ「オンデマンドエコノミー」や「ギグエコノミー」と呼ばれるスキームで商品を配達しているのだ。
写真4●Instacartの配達員
撮影:中田 敦
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Amazonも2015年10月に、一般人が商品を配達する「Amazon Flex」という仕組みを開始済み。Amazonと既存の大手小売りチェーンがシリコンバレーのスタートアップを巻き込みながら、「実店舗」と「オンデマンドエコノミーによる即時配達」を巡って競うことになるのか。Amazonの次の一手は、ここが焦点になりそうだ。
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