シリコンバレーでカナダが注目されている。「トランプ対策」のためだ。外国人エンジニアの雇用が難しくなったり、政府による検閲が厳しくなったりするのではないかと懸念して、似ているけれどよりオープンな隣国へ目を向ける関係者が増えているためだ。

 例えば筆者は選挙結果が明らかになった翌日の11月9日、あるスタートアップのCEO(最高経営責任者)と話していて、彼の会社が既にカナダにオフィスを開いてエンジニアを雇っていると知った。不足するエンジニアを海外から雇うために必要なアメリカの「H1-Bビザ」の認可プロセスが遅れており、スタートアップの急成長に追いつかないためだ。

 そこで頼りにしたのがカナダだ。カナダではつい最近移民法が改正され、技能労働者やアメリカ人の移住がしやすくなった。このCEOは、トランプ大統領の誕生で事態はますます悪化し、もっとカナダでエンジニアを雇うことになるだろうと語っていた。

 トランプ氏の当選以降、アメリカからカナダの求人情報サイトへのトラフィックは急増しているという。スタートアップの人材募集にも、技能のより高い人材が問い合わせてくるようになったらしい。カナダ政府の移住情報サイトも、大統領選当日の11月8日夜にアクセス数がオーバーしてクラッシュした。

写真●カナダ政府の移民情報サイト
出典:カナダ政府
[画像のクリックで拡大表示]

 カナダ移住に関心を持っているのは、アメリカ人や在米外国人だけではない。シリコンバレーなどアメリカ国内で働いてきたカナダ人の間でも「故郷に帰ろう」という気運が高まっている。カナダでは、英語が通じるトロントが既にテクノロジー産業のハブになっており、トランプ大統領誕生でその発展に弾みがつく可能性も高い。バンクーバーやビクトリアも注目株だ。

インターネットアーカイブがカナダにミラーサイト作成

 興味深い動きをし始めたのはNPOのInternet Archiveで、なくなってしまった過去のWebサイトを表示する「Wayback Machine」のミラーサイトをカナダに作ることを先ごろ決定した。Internet ArchiveはWebサイトをアーカイブ(保存)するインターネットの図書館的な存在だ。

 Internet Archiveを創設したのは、ブリュースター・ケール氏。彼はかつてインターネット上のトラフィックを計測するAlexaという会社を米Amazon.comに売却した大富豪で、Internet Archiveもかなりの私財を投じて運営している。

 ケール氏は11月9日のブログに、「このような結果になるとは思っていなかった」とショックをつづり、知識へのアクセスを普遍にオープンに、そして無料に保つことに、より大きな責任が出てきたとしている。

 Internet ArchiveはWebサイトだけではなく、書籍や映画、画像、音楽などのアーカイブも行っている。実は書籍のデジタルアーカイブ化は、「Google Books」が開始される以前から始まっていた。Google Booksがあっても並行して続けている理由として「図書館は完全に公共的な組織が手掛けなければ、将来にわたってアクセスは保証されないからだ」と、彼の口から聞いたことがある。企業は自分の都合で、いつ条件を変更するとも限らない、そう語る彼は、オープンインターネット派の中心人物なのである。

 今回のミラーサイト設置は、政府による検閲に備えているのだろうが、ケール氏はブログで「図書館が遭遇する断層は、地震、政権、機関の存続失敗などいろいろある」と、より広くリスクを捉えていると記している。

トランプ陣営幹部の発言に高まる不安

 折しも、そんな動きをさら煽るような発言を、新政権の重要人物が口にしていたことが明らかになった。発言の主は、トランプ新大統領の元で主席戦略官・上級顧問となることが決定しているスティーブン・バノン氏だ。トランプ陣営では選挙参謀を務め、国粋主義、人種差別、女性蔑視、反ユダヤなどの悪評ある人物だ。

 2015年初頭に行ったトランプ氏とのインタビューで、バノン氏自身がこう言った。「シリコンバレーのテクノロジー・スタートアップCEOの3分の2、あるいは4分の3はアジア出身者だ、つまり……。国というのはただの経済だけではない。市民社会でもある」。

 明言は避けているものの、アジア系、あるいは外国人がいると市民社会が守れないと示唆しているようにも解釈できる。同氏はまた、外国人留学生は勉強が終わったら、アメリカでウロウロしないで帰国すべきとも語っている。

 シリコンバレーは、外国なまりのある英語が共通語だということでもユニークな場所なのだが、新政権がスタートすると、これが変わってしまうのではないかと懸念されている。一方で、最近はやたらと「インクルージョン(受容)」を訴えるメールをよく受け取る。外国人を含め、自分と違った人々も受け入れましょう、という呼びかけだ。危機感と、その危機を押し戻そうとする力が同時に働いているようだ。