米Googleが3種類目の量子コンピュータの独自開発を進めている。第一は2013年に導入したカナダD-Wave Systemsの量子コンピュータ。第二は2014年から始めた、量子ゲート方式の量子コンピュータだ。これらとは別にもう1種類、新しく量子アニーリング方式の量子コンピュータを開発することを、このほど明らかにした。
Googleは2016年6月27~30日まで米ロサンゼルスで開催した量子アニーリングに関する学会「Adiabatic Quantum Computing Conference(AQC) 2016」で、新しい量子コンピュータ「Quantum Annealer v2.0」の開発計画などを発表した(写真1)。またGoogleはAQC 2016で、量子コンピュータと既存のコンピュータとを組み合わせて活用する計画や、数年後に50個の「量子ビット」を搭載した量子コンピュータを実現する方針などを明らかにしている。
写真1●Googleが発表した量子コンピュータの開発計画
上段が量子ゲート方式、下段が量子アニーリング方式に関するロードマップだ
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盛りだくさんだったAQC 2016におけるGoogleの発表内容を、それぞれ詳しく見ていこう。まずは量子アニーリング方式の量子コンピュータを新規開発するという話題だ。
人工知能用の量子コンピュータを独自開発
量子コンピュータの方式としては、米IBMや米Microsoft、米Intelなどが開発を進める「量子ゲート方式」と、東京工業大学の西森秀稔教授と門脇正史氏が提唱した理論に基づいてカナダのD-Wave Systemsが2011年に商用化した「量子アニーリング方式」がある。
量子ゲート方式は、アルゴリズムを開発すればさまざまな問題が解けるとされる。一方の量子アニーリング方式は、「組み合わせ最適化問題」を解くための専用装置だ。装置の中で実際に量子アニーリングという物理現象を発生させることで問題を解く(関連記事:驚愕の量子コンピュータ)。組み合わせ最適化問題は「機械学習」や「ディープラーニング」の計算処理そのものであり、これが高速に解けるようになれば、より高度な人工知能を実現できる可能性がある。
Googleは2013年以来、量子コンピュータに関してさまざまな取り組みを発表している(表1)。
表●Googleの量子コンピュータに関する主な取り組み
まず2013年5月に米航空宇宙局(NASA)と共同で「Quantum Artificial Intelligence Lab(QuAIL、量子人工知能研究所)」を設立し、D-Waveの量子アニーリング方式の量子コンピュータを導入した。Googleは2015年12月に「D-Wave 2X」が組み合わせ最適化問題を既存のコンピュータに比べて1億倍(10の8乗倍)高速に解けるという検証結果を発表している。
2014年9月には、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のJohn Martinis教授のチームと提携し、量子ゲート方式の量子コンピュータを開発すると発表している。Googleは2016年6月9日に、この量子ゲート方式の量子コンピュータを使って量子アニーリングをシミュレーションする技術を発表している。
そして今回、Googleは量子アニーリング方式の量子コンピュータである「Quantum Annealer v2.0」を新規に開発していることを明らかにした。「Quantum Annealer(量子アニーラー)」とは、量子アニーリングに特化したコンピュータであるという意味。Googleは量子ゲート方式と量子アニーリング方式の二つの量子コンピュータを開発していることになる。
ノイズを減らして量子ビットの性能を改善
写真2●GoogleのYu Chen氏
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今回発表した量子コンピュータが「v2.0(バージョン2.0)」を名乗るのは、既存のD-Wave製の量子コンピュータの弱点を改善しているからだ。AQC 2016で講演したGoogleのYu Chen氏(写真2)によれば、Quantum Annealer v2.0はD-Wave製の量子コンピュータに比べて、(1)量子ビットの「コヒーレンス時間」、(2)量子ビット間の接続性、(3)システムのコントロール性の3点で改善が見込めるという。
量子ビットとは、「0」と「1」が「重なり合った状態」で同時に存在するビットのこと。Quantum Annealer v2.0では、UCSBのMartinis教授が量子ゲート方式用に開発してきた超伝導回路による量子ビットの技術を使用する。Googleは、超伝導回路に存在する「1/fノイズ」を大幅に削減することによって、量子ビットの「コヒーレンス時間」を既存のD-Wave製の量子ビットよりも長くできる見込みだとする。
コヒーレンス時間とは、量子ビットにおいて「0」と「1」が重なり合った状態で同時に存在する時間のこと。GoogleのChen氏によれば、量子ビットのコヒーレンス時間を長くできれば、量子コンピュータの性能を大きく向上できるとしている。
超伝導回路における「1/fノイズ」の削減は、米ウィスコンシン大学マディソン校のRobert McDermott教授らによる研究成果だ。McDermott教授のチームは、超伝導回路に存在する「1/fノイズ」の発生原因が、回路上に存在する酸素分子にあると突き止めた。回路の製造時に酸素分子を取り除くことで、「1/fノイズ」を抑えられるとした。
量子ビットの接続性も改善
Quantum Annealer v2.0では、D-Waveの量子コンピュータに存在した、量子ビットの接続の問題についても改善を加えたという。
量子アニーリング方式の量子コンピュータは、量子ビットをつなぎ合わせることで、特殊な磁性体である「スピングラス」を模した「3次元イジングモデル」という模型を構成する。そして、3次元イジングモデルにおける各スピン間の相互作用のパターン(スピン間で「強磁性」「反強磁性」のどちらの相互作用が働くか)を解きたい最適化問題のパターンに合わせ、そこで「量子力学の焼きなまし現象(量子アニーリング)」を実際に発生させる。量子アニーリングを発生させた後の量子ビットの数値が、解きたい問題の解となる。
本来であれば、スピン間の相互作用を自由に構成できるよう、全ての量子ビットが相互接続されているのが望ましい。ところがD-Waveの量子コンピュータは、一部の量子ビットだけを相互接続する「キメラグラフ」と呼ばれる形状になっている。D-Waveの量子コンピュータの性能が出ないとされる理由の一つが、このキメラグラフにあると見られている。
Googleが今回発表したQuantum Annealer v2.0では、量子ビットの形状を工夫することで、量子ビット間の接続性を高めたという(写真3)。
写真3●Quantum Annealer v2.0の量子ビット
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量子ビットが少ない場合は全ての量子ビットを1対1で接続可能。量子ビットが増えた場合も、D-Waveのキメラグラフよりも接続性が高い「Weaving」や「Neocortex」といったグラフ構造を実現できるとする(写真4)。
写真4●Quantum Annealer v2.0の量子ビット接続形状
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スパコンと量子コンピュータを併用
写真5●GoogleのHartmut Neven氏
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Googleの量子人工知能研究所を率いるHartmut Neven氏(写真5)はAQC 2016の講演で、同社が量子アニーリング方式の量子コンピュータと、従来方式のスーパーコンピュータとを組み合わせて活用する方針であることを明らかにした。従来方式のスーパーコンピュータでは高速探索アルゴリズムの「Parallel Temperaing (レプリカ交換法)」を実行し、それと量子コンピュータとを組み合わせる(写真6)。
写真6●スーパーコンピュータと量子コンピュータの組み合わせ図
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GoogleのNeven氏は本誌のインタビューに対して「組み合わせ最適化問題の中には、従来方式のコンピュータの方が効率的に解けるものもあれば、量子アニーリング方式の量子コンピュータを使う方がより効率的に解けるものもある。両方の方式を組み合わせることで、組み合わせ最適化問題を従来に比べて大幅に高速に解けるようになるだろう」と語っている。
量子コンピュータの超越性を示す
写真7●GoogleのJohn Martinis氏
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現在はGoogleの所属でもあるUCSBのMartinis教授(写真7)はAQC 2016の講演で、Googleが数年中に量子ビットを50個搭載する量子コンピュータを実現し、量子コンピュータの性能が、従来方式のあらゆるスーパーコンピュータの性能を超越するという「Quantum Supremacy」を示すという方針を明らかにしている(写真8)。
写真8●GoogleのMartinis氏が示した量子コンピュータの分類
量子コンピュータの超越性「Quantum Supremacy」を示していくとした
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ほんの数年前まで、量子コンピュータは「数十年先の技術」と目されていた。それに対してGoogleは、量子コンピュータが「ほんの数年先の技術」だと主張し始めたわけだ。Googleの量子コンピュータに関する動向には、今後ますます注目する必要がありそうだ。
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