シリコンバレーのテクノロジー企業が、ここへ来て急に反トランプ政権の姿勢を露にし始めた。きっかけとなったのは、同政権が2017年1月27日に打ち出した一部のイスラム系国家に対する強硬な入国制限措置だ。
トランプ大統領は1月27日の金曜日に大統領令を発令し、今後90日にわたってイスラム教徒を多数抱える7カ国からの渡航者の入国を禁止するとした。後に永住権保有者は対象外とされたが、いきなりの発令で、難民だけでなく、一時帰国をしていた人々や家族や親戚を訪ねようとしていた人々、留学生などが足止めされたり強制帰国させられたりした。
トランプ政権スタート以来、テクノロジー企業が新政権とどのような関係を構築するのかが注目の的だった。政権移行期間中の2016年12月には、ニューヨークのトランプタワーでテクノロジー企業トップとトランプ氏との会合が開かれたが、印象的だったのはぎこちない笑顔を見せるトップらの表情だった。その後、一部を除いてはっきりとした姿勢を見せた企業はなかった。
一部というのは、トップがトランプ政権のアドバイザーについた企業のことだ。米Tesla(2017年2月1日にTesla Motorsから社名変更)と米SpaceXのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)、米Oracleのサフラ・カッツCEO、米Uber Technologiesのトラヴィス・カラニックCEOらである。
選挙期間中からトランプ支持者で、アドバイザーにもなったピーター・ティール氏のような別格も存在する。また、選挙で勝利した翌日にトランプ氏に手紙を送って売り込んだという米IBMのジニ・ロメッティCEOもかなりの親トランプ派で、現在はトランプ政権のビジネスアドバイザーに就いている。
親トランプ派の企業では社内に反発も
こうした動きには社内からの反発も出ている。OracleではカッツCEOがトランプ氏の政権移行チームに参加したことに反発する上級職の社員が辞表を突き付けた。同様の事態はIBMでも起こった。またUberに対しては以前から同社に不満を持つ人々がいたこともあり、トランプ大統領の就任式当日には本社前で抗議運動が起こっている(写真)。
写真●サンフランシスコの米Uber Technologies本社前で抗議活動する人々
撮影=中田 敦
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政府関連のビジネスを何としてでも請け負いたい企業にとっては、新政権にナイーブに反対ばかりしていられないのだろう。残りの大多数のテクノロジー企業も、静観したり、トランプ政権に歩み寄りを見せようとしていたりした。例えば米Googleが共和党系メディアのワシントンでのイベントをスポンサーしたとか、Googleの親会社である米Alphabetのエリック・シュミット会長がワシントン回りをしているといったことが報じられていた。しかしそんな最中に、上記の大統領令が発令されたのである。
大統領令が出た当日中に断固たる反対意見を表明したのは、米Facebookのマーク・ザッカーバーグCEOだ。同氏は自身のFacebookページ上に掲載した投稿で、自分の家族がもともとはヨーロッパからの移民であり、妻の両親はベトナムと中国からの移民だとした上で、「現実的に危険人物を超えて多くの人々に拡張した法的措置をとるのは、リソースを拡散させてアメリカをかえって危険にする」と述べた。
それにつられるように、大統領令が出た週末から週明けにかけて、テクノロジー企業トップらが次々と声を上げ始めた。その中には、ピーター・ティール氏が投資などで関わっている企業も多い。
ただし、その意見表明には温度差がある。移民である自社社員を擁護することに留めるトップや、その延長線上で入国制限に反対するトップ、かなり強い口調で多様性の重要性やアメリカの価値観を掲げて真っ向から対立する立場を明らかにしているトップなどに、対応が分かれた。
強い口調で意見を表明した代表例が、米Boxのアーロン・レヴィーCEOだ。同氏はTwitterの投稿で「道徳、人道、経済、論理などあらゆるレベルで、この制限措置は間違っており、アメリカの原則から見て完全に非倫理的だ」と述べている。また米Netflix のリード・ヘイスティングズCEOも、「トランプ氏の行動は世界中の当社社員を傷つけ、あまりに非アメリカ的で我々全てに痛みを与えている。さらに悪いのは、この措置のためにアメリカは安全になるどころか、憎しみを煽り同盟国を失うことでさらに危険になる」と述べている。
これら以外にも米Apple、米Autodesk、米Dropbox、米Etsy、Google、米LinkedIn、米Lyft、米Salesforce.com、米Slack、米Squareなど、シリコンバレーの有名企業が軒並み反対の立場を明らかにしている。テクノロジー企業は、これまでも中国やインドなどから優れたエンジニアを雇ってきたのだが、トランプ大統領は就業ビザである「H-1B」の交付制限も計画中とされ、同政権の動きからは目が離せない状態だ。
語るだけでなく、行動に出た企業トップもいる。
米Airbnbのブライアン・チェスキーCEOは、「アメリカに入国できない難民には無料で宿泊場所を提供する」と訴えた。Lyftや米Instacart、Slackなどは、アメリカ自由人権協会(ACLU)に寄付を行っている。Lyftの場合は4年間で100万ドルという多額だ。
人権団体をアクセラレーターが支援
ACLUは人権と言論の自由の擁護のために活動するNPOで、人権侵害などに際して弁護士を送るなどのサポートを行ってきた。今回は、トランプ政権に対して既に訴訟を起こしており、テクノロジー企業トップらはそうした活動を支えようと、寄付をするだけでなく、一般へ寄付も呼びかけている。その甲斐あって、ACLUに大統領令が発令された週末だけで2400万ドルもの寄付が集まったという。
そのACLUは、シリコンバレーのアクセラレーターとして知られる米Y Combinatorに、冬クラスの一員として受け入れられることになった。あたかもスタートアップのごとく、テクノロジーを整えて効果的な活動ができるようになるために指南を受け、Y Combinatorの卒業企業からもサポートを得るという。
ちなみに、Y Combinatorのサム・アルトマンCEOとAlphabet創業者のセルゲイ・ブリン氏は、週末にサンフランシスコ空港での抗議デモに参加していたのが目撃されている。
ほかにも、共にシアトルを拠点とする米Microsoft、米Amazon.com、米Expediaなどの企業も、地元ワシントン州司法長官がトランプ政権に対して起こした訴訟を支持する表明を行っている。サンフランシスコの米GitHubは、テクノロジー企業に呼びかけて入国措置に対する訴訟に業界としてどんなサポートをすべきかを話し合っている。
このようにテクノロジー業界はにわかに忙しくなっている。トランプ政権がテクノロジー業界に与えるインパクトは不透明だ。予想されるだけでも、製品の国内生産への圧力、ネット中立性問題、政府による監視問題などさらに数々の問題が降りかかりそうだ。テクノロジー業界には、何としても闘い抜いてほしいと思うばかりである。
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