東京・上野の東京国立博物館平成館で開かれている「運慶」展が人気を博している。主催者の発表によると、会期が始まって約1か月で20万人の動員数を記録したそうだ。運慶は、日本の彫刻史上で最も有名な作家の一人だ。東大寺南大門に立つ金剛力士像のような巨像までは出品されていないものの、この展覧会には運慶作と認められる可能性のあるものを含めて国内にあるかなり多くの作品が集まっている。

 10年近く前に都内の宗教法人真如苑がクリスティーズのオークションで十数億円で落札して話題になった伝・運慶の《大日如来坐像》も出品されている。運慶の作であることが通説となったわけではないようだが、「重要文化財」の指定を受けており、貴重な仏像であることに間違いはなさそうだ。充実度が高い展覧会である。

<span class="fontBold">運慶《大日如来坐像》(1176年、奈良・円成寺、国宝)展示風景。20代の頃、1年近くかけて制作したという</span>
運慶《大日如来坐像》(1176年、奈良・円成寺、国宝)展示風景。20代の頃、1年近くかけて制作したという

 さて、展覧会を高く評価したところにやや横槍を入れるような話になって恐縮だが、運慶の作品は必ずしもすべてを作家が1人で作ったというわけではないらしい。この展覧会の図録に、そのことに関する極めて興味深いコラム記事が載っていた。東京国立博物館研究員の西木政統さんが執筆した「仏像の作者は誰か」と言う論考である。

 この記事によると、例えば興福寺北円堂にある運慶作とされている仏像の数々の制作を実際に手がけたのは、運慶以外の仏師だったそうだ。従来、これらの像が運慶作とされている根拠は、近衛家実の日記にその旨が記載されていることにあったという。しかし、台座の銘文などを読むと、例えば本尊弥勒如来坐像の作者は源慶と静慶、四天王立像は湛慶や康運など4体を別々の人物が担当していることがわかるという。

運賀、運助という、運慶とは別の作者

 迫真のリアリズムで魅了する《無著菩薩立像》と《世親菩薩立像》にしても、それぞれを運賀、運助という、運慶とは別の作者が担当したと見られており、両者の角材の用い方なども異なっていることが検証されているそうだ。文献等の記録だけでなく、材料の分析などによって作者の同定を進めている点が興味深い。

<span class="fontBold">運慶《無著菩薩立像》(1212年頃、奈良・興福寺、国宝)展示風景</span>
運慶《無著菩薩立像》(1212年頃、奈良・興福寺、国宝)展示風景

 つまり、運慶は実際には制作の責任者、すなわちディレクターとしてたくさんの仏師に指示をして像を作っていたというのである。西木さんは、設計した建築家を建造物の作者とする現代の例になぞらえている。

 そもそも芸術作品の着想から完成までを1人の作者の手になるもの、あるいは1人で作るべきものと考える傾向が優勢になったのは、近代以降の話である。西洋のレンブラントにしろ日本の岩佐又兵衛にしろ、工房を構えて1つの作品を制作するシステムは世界各地にあった。

 作家個人の作とするか工房作とするかについては厳密な検証を旨とする美術史上では明らかにすべき問題であり続けるだろうが、創造の環境を充実させる視点に立てば、工房作からもまた魅力的な創造物が多数生み出されていることにも目を向けたほうがいい。作家がコンセプトの創造者であると考えれば、工房作であっても無二のものになる。現代の美術の世界でも、村上隆や猪子寿之はそうした工房的なシステムで作品を制作している。

<span class="fontBold">《大日如来坐像》(鎌倉時代、12〜13世紀、東京・真如苑真澄寺、重要文化財)展示風景</span>
《大日如来坐像》(鎌倉時代、12〜13世紀、東京・真如苑真澄寺、重要文化財)展示風景

 運慶は、名彫刻家だっただけでなく、名ディレクターだった。だからこそ、大規模な作品群や大作を多く世に残すことができたのである。作家とは何かを考える上でも、実に興味深い事例である。

 なお西木さんの前掲の論考によると、運慶のデビュー作として紹介されている奈良・円成寺の《大日如来坐像》はやはり台座に書かれた記述から、父親の康慶の工房で運慶が制作した作品と見られており、興福寺北円堂の仏像群を運慶作とするなら、「康慶作といってもよいかもしれない」としている。

 
展覧会情報
「興福寺中金堂再建記念特別展 運慶」
東京国立博物館平成館(東京・上野)、2017年9月26日〜11月26日
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