相撲の力士のポーズを真似たドガの踊り子

 例えばドガは、相撲の力士が腰に手を当てた『北斎漫画』のポーズを、自身の主要なモチーフである踊り子の描写の中で表現している。

(左)葛飾北斎『北斎漫画』十一編[部分](刊年不詳、浦上蒼穹堂)<br /> (右)エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》(1894年、パステル、紙[ボード裏打]、66×47cm、 吉野石膏株式会社[山形美術館寄託])
(左)葛飾北斎『北斎漫画』十一編[部分](刊年不詳、浦上蒼穹堂)
(右)エドガー・ドガ《踊り子たち、ピンクと緑》(1894年、パステル、紙[ボード裏打]、66×47cm、 吉野石膏株式会社[山形美術館寄託])

 米国出身の印象派の女性画家メアリー・カサットの手になるソファにぐでっと寝た少女の絵は、極めて近い構図が『北斎漫画』の中にあることが示されている。

メアリー・カサット《青い肘掛け椅子に座る少女》(1878年、油彩、カンヴァス、89.5×129.8cm、ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon, 1983.1.18 Courtesy National Gallery of Art, Washington)
メアリー・カサット《青い肘掛け椅子に座る少女》(1878年、油彩、カンヴァス、89.5×129.8cm、ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington, Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon, 1983.1.18 Courtesy National Gallery of Art, Washington)
葛飾北斎『北斎漫画』初編(部分)(1814[文化11]年、浦上蒼穹堂)
葛飾北斎『北斎漫画』初編(部分)(1814[文化11]年、浦上蒼穹堂)

 ただし北斎の絵で寝転がっているのは、福の神のようなスキンヘッドの男なのである。ポーズそのものを借用するという点に注目するだけでも面白い。加えてここでは、形だけではなく、彼らが踊り子や少女の極めて日常的な様子を描き出したことに目を向けたい。かしこまった肖像画や舞台で活躍する姿とは異なる空気の風景を描き出したことが身近な印象をもたらし、新たな魅力になっているのである。

 世界で最も有名な北斎の絵は、おそらく《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》である。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》1830‐33(天保元-4)年頃 ミネアポリス美術館<br />「北斎とジャポニスム」展会場の展示風景
葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》1830‐33(天保元-4)年頃 ミネアポリス美術館
「北斎とジャポニスム」展会場の展示風景

 この作品の実物と欧州の影響作が比較展示されたこの展覧会には、ダイナミックで鮮やかに表現された北斎の波の描写が、クールベの描いた荒波がうねる海、作曲家のドビュッシーが出版した楽曲「海」の楽譜の表紙、当時のフランスで制作されたポスター、さらには波をかたどった花器や鉢などが出品されており、実にさまざまに形を変えて登場したことが分かる。

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