版画にも肉筆画にも数々の名作を残した江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎。世界的に知られることになったきっかけは、明治時代に入って大量の浮世絵版画が欧米に流出したことにあった。数々の絵師による斬新な構図や色彩表現が欧州の画家やコレクターを驚かせる。その中で、北斎には極めて特殊な流出品があった。『北斎漫画』である。国立西洋美術館で開かれている「北斎とジャポニスム」展は、『北斎漫画』が欧米に極めて大きな影響力をもたらす存在だったことがよくわかる展覧会である。

国立西洋美術館で開かれている「北斎とジャポニスム」展会場風景。踊り子をモチーフにしたドガの絵画作品や彫刻作品と、それらの発想源になった『北斎漫画』が2つの作品の間に展示されている
『北斎漫画』はまず、通常の浮世絵版画ではなく、製本された書籍である。また、「漫画」という呼称から連想されるストーリー性のある絵の集合体とは異なり、「絵手本」すなわち画家が絵を描くための手本としてたくさんのモチーフを載せた全15編の画集である。
![葛飾北斎『北斎漫画』初編より(1814[文化11]年、浦上蒼穹堂) 絵手本として多様なモチーフが載っている](https://cdn-business.nikkei.com/atcl/report/15/061000001/110100052/p2.jpg?__scale=w:320,h:472&_sh=0b604e0940)
さまざまなポーズの人物、種類豊富な植物、百面相の顔、妖怪や幽霊など載っているモチーフは極めて多様だ。激しい流れの中を泳ぐイノシシや日本にはいなかったはずのゾウ、妙に足が長い外国人や、人魚や河童などの空想上の動物、さらにはさまざまなものを吹き飛ばす風のいたずらの描写などもある。形を写すための手本として機能しただけでなく、新たに絵を描くための発想源としての役割も果たしたのではないだろうか。
「北斎とジャポニスム」展は、北斎の作品が19世紀の欧州の画家の刺激になり、現地で多様な表現を開花させたことを検証する内容だ。モネやドガ、ゴッホ、ロートレックなどフランス印象派とその周辺の画家から、スイスとドイツで活動したパウル・クレーや北欧の画家、さらにはエミール・ガレのガラス工芸に至るまで、さまざまな影響を多くの実物や資料の比較展示によって知ることができる。中でも特に感心したのが、発想源として『北斎漫画』が展示されている例が非常に多かったことだった。
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