時計がぐにゃりと曲がっていたり、人間の頭がバラの花だったり、常識に反する場面ばかりを描いたサルバドール・ダリ(1904~89年)。スペイン出身のシュルレアリスム(超現実主義)の美術家だ。どの作品を見ても虚を突かれる。

ダリ展会場風景。左から順にサルバドール・ダリ 《幻想的風景 暁》《幻想的風景 英雄的正午》《幻想的風景 夕べ》(ヘレナ・ルビンスタインのための壁面装飾)(=3連作、1942年、249.0×243.0cm、251.0×224.0cm、247.5×247.0cm、カンヴァスにテンペラ、横浜美術館蔵  © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016. )

 ダリについて、日本との関係においてぜひ知っておくといいことがある。ダリは1945年、日本に原爆が落とされたときにとても驚いた。そして悲しんだという。ただし、被爆した広島と長崎の悲惨な現実を知ったからではなかった。一つの物質が別の物質に変わるのが爆弾投下というリアルなできごとの中で起こったからだった。世界中の原子が崩壊して全てがばらばらになるのではないかとさえ思ったという。

 ダリはそこで得た思いから、多くの作品を描いた。国立新美術館で開催中の「ダリ展」では、その展示のために一部屋を使っている。「原子力時代の芸術」と題された第7章の展示室だ。

 たとえば、ナイフ、くだもの、グラスなどがテーブルクロスを敷いた食卓から浮いた状態で存在し、ワインのボトルらしきものから中の液体が曲線を描いてあふれ出ている光景の絵があり、《素早く動いている静物》という作品名がついている。

ダリ展会場風景。第7章「原子力時代の芸術」より。左から順に サルバドール・ダリ 《素早く動いている静物》(1956年頃、125.0 × 160.0 cm、カンヴァスに油彩、サルバドール・ダリ美術館蔵  Collection of the Salvador Dalí Museum, St. Petersburg, Florida Worldwide rights: © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.In the USA:©Salvador Dalí Museum Inc. St. Petersburg, Florida, 2016. ) サルバドール・ダリ 《ビキニの3つのスフィンクス》(1947年、40.6 × 51.4 cm、カンヴァスに油彩、諸橋近代美術館蔵  © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.)

 宙に浮いたモチーフは、数学的秩序を基にして配置されているらしい。そもそも、どんな静物でも分子や原子より小さなレベルで見れば常に動いている。つまりミクロのレベルに注目しつつ、あえて伝統的な絵画のジャンルである静物画という名の下に描いたところに、二重の仕掛けがあるわけだ。

 あるいは、聖母マリアや騎馬像の分子構造を明らかにしたかのように、球体の集まりとしてそれらを表現したいくつかの絵がある。ただ鑑賞すると、科学をアートで表現した理知的な絵のように思える。現実にはありえない情景を描くシュールレアリスム(超現実主義)の範疇にあることも明らかだ。

ダリ展会場風景。第7章「原子力時代の芸術」より。左から順に サルバドール・ダリ 《ラファエロの聖母の最高速度》(1954年頃、81.0 × 66.0 cm、カンヴァスに油彩、国立ソフィア王妃芸術センター蔵 Collection of the Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía, Madrid © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016. ) サルバドール・ダリ 《レダ・アトミカ》のための習作(1947年、61.0 × 45.4 cm、紙に鉛筆、インク、ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵  Collection of the Fundació Gala-Salvador Dalí, Figueres © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016. )